2020年9月26日土曜日

BCGワクチン投与による高齢者の感染症に対する影響

半年ほど前から主に後期研修医の先生を対象に、Journal clubを始めています。論文の読み方を教えながら、僕も論文をたくさん読むことができるというWin-Winな企画です。
今回の論文は後期研修医の高崎先生がサマライズしてくれた、CellのBCG論文です。


Activate: Randomized Clinical Trial of BCG Vaccination against Infection in the Elderly.
Cell. 2020 Sep 1
doi: 10.1016/j.cell.2020.08.051 [Epub ahead of print]
  • Design: Phase III,  double-blind RCT
  • P: 患者背景は、80歳の高齢者で7割に高血圧症があり、約3割に糖尿病、慢性心不全、AFがある。
  • 除外項目
    • 5年以内に固形悪性腫瘍やリンパ腫と診断された患者
    • 直近の3ヶ月より前から10mgのPSLを毎日投与されている患者
    • HIV-1感染や500/mm3以下の好中球減少や臓器・骨髄移植後、化学療法中、先天性免疫不全、リンパ球数が400/mm3以下、サイトカインを抑制する治療を受けているなどの免疫抑制患者
    • IGRAが陽性の患者
  • I: 退院前にBCGワクチンを投与(N=72)
  • C: プラセボ群(N=78)
  • O: Primary endpoint 退院後12ヶ月間での新規感染症の発症を評価した。

結果

  • 新規感染までの期間はプラセボ群が11週であったのに対して、BCGワクチン投与群では16週であった。
  • 新規感染の発症率はプラセボ群が33人と42.3%(95%信頼区間:31.9-53.4%)であったのに対して、BCG投与群では18人と25.0%(95%信頼区間:16.4-36.16%)であった(p値 0.039)。
  • 最も予防効果があったのは、恐らくウイルス感染によると思われる呼吸器感染症であり、プラセボ群が14人と17.9%であったのに対して、BCG投与群では3人と4.2%であった(ハザード比 0.21, p値 0.013)。
  • 呼吸器感染症全体ではプラセボ群が24人と30.1%であるのに対して、BCG投与群が6人と8.3%であった(p値 0.002)。
  • 100人年での感染症全体ではプラセボ群で45人と57.7%であるのに対して、BCG投与群では24人と33.3%である(p値 0.003)。
  • 有害事象に関しては差異は認められなかった。

解釈

  • IGRA陰性の高齢者にBCGワクチンを投与することでウイルス性呼吸器感染症の発症を低下させることができる可能性がある。
  • BCGワクチンが定期接種となっている地域でCOVID-19感染症の蔓延が抑えられていることと関係があるかはこの研究だけでは分からず、COVID-19感染症蔓延地域で同様の研究を行い、COVID-19感染症の発症率が低下するかどうかを調べる必要がある。

感想&補足コメント

このRCTには少なくとも2つ大きな問題点があります。
1つはイベント数に比してサンプルサイズが小さすぎること、もう1つは解析対象の時点で2割以上の脱落が生じていることです。99人のプラセボ群は78人、103人のBCG群は72人しか解析対象になっていません。
もともとサンプルサイズが小さいにも関わらず、脱落がイベント数と同じくらい起きているので、Main figureの信頼性に致命的な疑いが生じていると言わざるを得ません。

この試験での適切なサンプルサイズを試しに計算してみると、各群N=300くらい必要のようです(1:1割付、プラセボ群のイベント30%、BCG群のイベント20%、検出力80%、有意水準5%)。

ということで内的妥当性に致命的な欠陥があるように見える試験なので、当然ながら外的妥当性は吟味するまでもありません。言い換えれば現時点で高齢者にBCGを打つようなことは、たとえ患者の強い希望でもしないでしょう

では、なぜこの論文が基礎系のトップジャーナルであるCellに載ったのか、それは後半のBCG接種者の単球系プロファイルに価値がある、と理解できます。
BCGを接種すると3ヶ月後の単球系は、エピゲノム修飾を受けてIL-6、TNFα、IFN signatureが活性化し、ウィルス免疫や自然免疫の誘導が起きている、という事実そのものに大きな意味があるのでしょう。

考えてみればワクチンのように単一の病原体ではなく、広範囲のウィルス性呼吸器感染症をターゲットとした一次予防アプローチというのは予防医学の全く新しい概念であり、ワクチンや抗菌薬に次ぐ医学史上の大発見の可能性がありそうです。
今後BCGに限らず別の抗原や薬剤での検証で、同様もしくはこれ以上に効果が得られる方法を探索していくための第一歩となる論文、その将来性と発展性が、この論文がCellに掲載された理由なのだろうと思います。

2020年9月20日日曜日

リウマチ性疾患におけるCOVID-19罹患率

 コロナ第二波に追われてしばらく論文のまとめをサボっていましたが、少し余裕が出てきたので再開します。

リウマチ性疾患におけるCOVID-19リスクが、少し高いかもしれないという報告です。

年齢に大分引っ張られていそうなデータですが、Bio/JAKのリスク上昇はそれだけでは説明がつかない気がします。


Prevalence of hospital PCR-confirmed COVID-19 cases in patients with chronic inflammatory and autoimmune rheumatic diseases

Ann Rheum Dis. 2020 Sep;79(9):1170-1173.


  • デザイン:後ろ向き観察研究
  • スペインの7施設のデータベースからPCR診断されたCOVID-19を登録
  • 参加施設における患者数290万人中のCOVID-19罹患率は0.58%で、リウマチ疾患26131人の罹患率は0.76% (OR 1.3, 95%CI 1.15-1.52)と有意に高かった
  • PCR陰性の年齢情報欠損のため年齢調整率は算出できなかったが、COVID-19基準集団の代表サンプル(n=3800)はリウマチ疾患症例と比較して年齢が低かった (中央値55 vs 65歳, p<0.0001)
  • 年齢補正できていないデータながら、SLEは有意なリスクではなく(OR 1.07, 95%CI 0.63-1.80)、SpA(OR 1.54, 95%CI 1.11-2.13)、Bio/tsDMARD使用者(OR 1.60, 95%CI 1.23-2.10)は有意なリスクだった