ある症例:
5日前からの発熱、4日前からの左下腿の発赤・腫脹・疼痛で来院。初診時に血圧80代とプレショック、全身の淡い紅斑が認められ、入院時の血液培養からG群溶連菌が発育した。ペニシリンG+クリンダマイシンで治療を行い、徐々に全身状態や下腿の蜂窩織炎は改善傾向となった。
入院4日目より右肘関節、両股関節、両膝関節、両足関節に関節痛を訴えるようになった。急性リウマチ熱(ARF:Acute rheumatic fever)を疑い、心エコーを行ったものの特記すべき所見は認められなかった。この患者の関節痛にどのように対処したら良いだろうか?
本題:
この症例は最終的にPSRAと診断しました。
PSRAの診断や治療については色々議論があるようですが、PSRAとARFの関係は、関節リウマチと回帰性リウマチ、未分化関節炎のような関係性と捉えれば理解しやすいかなと思いました。
まとめるとこんな感じですね。
- Jones基準を満たさないARF様関節炎をPSRAと分類している
- PSRAはペニシリンによる二次予防が不要か、1~2年程度でよいという意見がある
- いずれにしても1~2年ごとに心エコーをフォローする
さて、PSRAについて知るにはARFの臨床像を知ることが不可欠ですので、まずARFについておさらいしておきます。
BMJの総説がよくまとまっているので、軽くサマライズして紹介します。
Acute rheumatic fever. BMJ. 2015 Jul 14;351:h3443.
- A群溶連菌の咽頭炎は、宿主に異常な免疫・炎症反応を引き起こしうる。この反応の詳細は未解明ながら、連鎖球菌抗原の交差反応が関与していると考えられている。
- 心筋炎では、活性化したモノクローナル自己抗体が弁内皮に T 細胞の浸潤を引き起こす
- 急性リウマチ熱のほとんどが 5~15 歳の小児だが、若年成人に発症することもある。
- 世界的に最も発症率が高いと報告されているのはオセアニア地域(ニュージーランド、オーストラリア)
- A 群溶連菌に継続的にさらされている集団でも、急性リウマチを発症するのは最大で 6%にすぎない。
- 診断は改定Jones基準(AHA 2015)に基づく(後述)
- 臨床症状としては心筋炎(50~65%)、関節炎、舞踏病(15%)が重要
- 関節炎の特徴は、大関節主体で、多くは多関節炎で移動性(流行地では単関節炎も稀ではない)、NSAIDが有効である
- 急性期の治療はペニシリンG、再発の二次予防として10年程度のペニシリン長期投与を行う
- 心筋炎に対するアスピリン、ステロイドは、少なくとも1年以内の予後を改善しない(SRで否定されている)
ということで、改定Jones基準を抑えておけば、ARFについてはほぼ理解できたと考えて良いですね。
改定Johnes基準:Circulation. 2015 May 19;131(20):1806-18.
- 必須:A群溶連菌感染の証拠がある(培養での検出、ASOの上昇、溶連菌迅速抗原)
- 初発ARF:大基準2つ or 大基準1つ+小基準2つ
- 再発ARF:大基準2つ or 大基準1つ+小基準2つ or 小基準3つ
- 大基準:心筋炎、多関節炎、舞踏病、有縁性紅斑、皮下結節
- 小基準:他関節痛、心電図のPR間隔延長、炎症反応上昇、38.5度以上の発熱
- 炎症反応は、ESR(1h) ≥60mm または CRP ≥3.0mg/dL
実はこれは低リスク集団の基準になっていて、流行地では以下のように、もっと緩い基準が適応されます。
| Jones criteria | ニュージーランドのガイドライン | オーストラリアのガイドライン |
---|
低リスク | 中~高リスク |
---|
臨床的心筋炎 | Major | Major | Major | Major |
無症候性心筋炎(エコー) | Major | Major | Major | Major |
多関節炎 | Major | Major | Major | Major |
単関節炎(無菌性) | — | Major | Major | Major |
多関節痛 | Minor | Major | Minor | Major |
単関節痛 | — | Minor | — | Minor |
舞踏病 | Major | Major | Major | Major |
有縁性紅斑 | Major | Major | Major | Major |
皮下結節 | Major | Major | Major | Major |
PR間隔延長 | Minor | Minor | Minor | Minor |
炎症反応上昇 | Minor | Minor | Minor | Minor |
発熱 | Minor | Minor | Minor | Minor |
低リスク集団は、ARF発生率が学齢児童100,000人あたり2人以下、または全年齢のリウマチ性心疾患のある患者率が年間人口1,000人あたり1人以下、と定義されているようです。
日本のARF発生率は年間10~20例で、リウマチ性心疾患も1000人あたり1人以下みたいなので、低リスク集団と考えて良いみたいです(下図:Nat Rev Dis Primers. 2016 Jan 14;2:15084.)。
では前置きが長かったですが、PSRAはどういう疾患なのかについて。
PSRAはどのような経緯で生まれてきた疾患概念かというと、成人の溶連菌感染後の症状は、関節炎が心筋炎と比べて圧倒的に多いことから、これらはARFとは別の疾患として分類すべきではないか、という考え方のようです。
PSRAの臨床像:UpToDate
- 溶連菌感染後の関節炎の中には、ARFではないものもあると推測する意見があり、この疾患はPSRAと呼ばれている。
- PSRAが別の疾患であるという考え方の裏付けとして、以下の観察結果がある
- 先行する溶連菌感染から遊走性関節炎の発症までの期間は1~2週間程度で、通常の古典的ARFで見られる2~3週間よりも短い
- アスピリンなどのNSAIDの反応が、典型的なARFで見られる劇的な反応に比べて乏しい
- 心筋炎は認められず、関節炎の重症度は極めて高い
- 腱鞘炎や腎障害などの関節外症状をしばしば認める
- ESR/CRPはARFに比べて低い傾向
- 非典型的な臨床経過はARFの除外には不十分なので、Jones基準の大基準ではない関節炎でも、2つの小基準がある場合、特に小児ではARFと考えなければならない
- PSRAを、二次予防を必要とするARFの前駆症状とみなす意見もあるが、予防を必要としない良性の疾患であると主張する研究者もいる
PSRAの臨床像については、Rheumatologyにめちゃくちゃ良い論文があります。
Rheumatology (Oxford). 2004 Aug;43(8):949-54.
- 188件のPSRAの後方視的記述研究
- PSRAはA群が多いが(83%)、C/G群も結構ある(14%)
- (成人の)関節炎の分布特徴は、非移動性(81%)、対称性(51%)、腫脹関節数はOligo~Poly(それぞれ35%, 46%)
- 部位は下肢の大関節に多い(下図)
- 頻度としては稀だが(数%)、内転筋付着部炎、左足背腱鞘炎、手掌屈筋腱炎、腓骨腱炎、アキレス腱炎などの報告もある
- 関節炎の発症時期は咽頭炎の7~10日後で、関節炎は数週間持続し軽快する
- PSRAの年齢分布は8~14才と21~37才の二峰性であり、急性リウマチ熱(12才前後の単峰性)や反応性関節炎(27~34才の単峰性)とは対象的である
今回の症例も、下肢の大関節で、発症時期・年齢もバッチリですね!
Curr Rheumatol Rep. 2021 Feb 10;23(3):19.
- 提案された分類基準がいくつか比較されているが、溶連菌感染からの発症が10日以内である点が重要視されている
- 反応性関節炎ではHLA-B27の頻度が高いが、PSRAでは高くない
- NSAIDやサリチル酸が聞きにくいのも(ARFとの比較で)特徴と捉えられており、スルファサラジンのように免疫修飾的なDMARD使用の報告もちらほらある
古典的な反応性関節炎とは違う病態と考えられるようです。
治療についてはNSAIDが効きにくく、免疫原性の関節炎なので、むしろRAに準じた治療の方が効果があると理解して良いのかもしれません。
Perm J. 2019;23:18.304.
・PSRAは、ARF関節炎と臨床的な区別が困難な場合があるが、予後や治療に違いがあるため注意深く診断する必要がある
・PSRAは原則として心臓合併症を認めない
・ARFの心筋炎は50~70%で、1年以降に発症すること極めて稀である
・PSRAにおける心臓弁膜症(MR/AR/左室拡大)の症例報告では、ペニシリンによる二次予防を再開し、12か月後の心エコーで所見がほぼ消失していた
・心筋炎が遅れて発症することを考慮して、少なくとも1年間は心エコーでの追跡を行い、ペニシリンの二次予防を1年間は継続することを推奨する
PSRAをARFと別疾患と定義することは、二次予防が必要かどうか(もしくは治療期間)の違いが最も重要な点と考えて良いと思います。
なお、AHAとAAP(米国小児科学会)の推奨では、PSRAで二次予防を1年間することについては懐疑的な記載になっています。
Circulation. 2009 Mar 24;119(11):1541-51.
- PSRAが疑われる低リスクグループ患者に、一部の専門家は最長1年間の予防を受けることを推奨していますが、その有効性は十分に確立されていません
- PSRAの患者では1年間は心筋炎の兆候がないか注意深く経過観察し、1年後に弁膜症が認められた場合は、ペニシリンによる二次予防を継続する必要があり、関節炎はARFであったと推定できるかもしれない
- 1年後に弁膜症の所見がなければ、二次予防を中止できる
1年間の予防は推奨していないが、1年後の中止するプロトコルについては記載しているので、実際にはやっている臨床医も多いということだと思います。
冒頭の症例に戻って、その後の経過をお示しするとこんな感じです。
多関節痛は徐々に関節炎の所見が明瞭となった。NSAIDで対処していたが症状は2週間以上持続したため、PSRAと診断し、ペニシリンの予防内服を行う方針とした。NSAIDである程度コントロールは可能となったが、今後はサラゾピリンなどのcsDMARDの使用も考慮に入れつつ、外来で心臓合併症のフォローを行う方針とした。