2020年7月16日木曜日

免疫正常者のIPDで、二次予防としてPCVを打つべきか

肺炎球菌による髄膜炎を発症した免疫正常な方の二次予防について、ワクチンをどう打てば良いか疑問を持ちました。個人的に勉強したことを共有させていただきます。

ACIPの記載

MMWR, September 3, 2010, Vol 59, #34
免疫正常の19-64才でPPSV23を打つ適応があるのは、
慢性心不全(高血圧を含む)、肺疾患(COPD、肺気腫、喘息)、喫煙、糖尿病、髄液漏、人工内耳、アルコール多飲、慢性肝疾患(肝硬変)
となっており、IPDの既往は含まれません。なおPCV13については記載がありません。

UpToDate

"Pneumococcal vaccination in adults" の Initial vaccination の項にある
History of invasive pneumococcal disease に以下の記載があります。

"We vaccinate individuals who have a history of invasive pneumococcal disease (eg, meningitis, bacteremia) with both PCV13 and PPSV23 because they have proven to be susceptible to pneumococcal infection and because infection with one serotype does not provide protection against other serotypes. However, the ACIP has not issued a statement on vaccination for this population."
ACIP推奨はないが著者のエキスパートオピニオンでPCV13とPPSV23を打つのが良い。
しかしこれを支持するエビデンスやガイドラインはないようです。


IPD二次予防としてのPCVのRCT

ACIPでHIV患者にPCV13とPPSV23を推奨する記載(MMWR, October 12, 2012, Vol 61, #40)の根拠論文の一つを読んでみたところ、IPDになった健常人のデータが、以下のように少しだけ含まれていました。

J Infect Dis. 2010 Oct 1;202(7):1114-25.
Design:
Double blind RCT
P: 2003~2007年にマラウイのQueen Elizabeth Central HospitalでIPDを生き延びた患者
I: PCV7接種
C: プラセボ(1:1割付)
O: ワクチン血清型または血清型6AによるIPD発生率

結果:
  • 496名(うち88%がHIV陽性)を登録
  • 798人年の観察期間中、52人の患者に67のIPDイベントが発生
  • IPDイベントの全てがHIV患者に発生した
  • IPDイベントのうち19がワクチン血清型、5が血清型6Aだった
  • この24イベントの各群の内訳はPCV7群5件、プラセボ群19件で、
  • ワクチン有効性は74% (95%CI 30〜90) と評価された

ということで、HIVでもNNTは60程度です。基礎疾患なしでIPDになった人は、HIVのように再罹患率が高いわけではないので、PCVで得られるメリットは相当少ないと予想されます。

結論

免疫正常者のPCVによるIPD二次予防は、得られるメリットが相当限定的であるため、少なくとも積極的な推奨はされない。PPSVもデータはないが同様と考えるのが自然ではある。


2020年7月12日日曜日

狂犬病ワクチンスケジュールの厳密性

狂犬病ワクチンのスケジュールは厳密に運用されていることが多いと思います。
しかしRAの生物学的製剤であれば、患者さんの都合で治験のAllowance程度のアレンジした投与は個人的には許容しています。
そこで狂犬病ワクチンではどうなのか調べてみました。

Vaccine. 2000 Dec 8;19(9-10):1055-60.
少し古い論文ですがRabipurの曝露前予防の臨床試験です。Methodを細かく見ていくと、
"Each subject received three doses of vaccine, one on day 0, one on day 7 (+-1), and one on day 28 (+-2)."
ということで、Allowanceが設定されていました。

Rabipurの曝露後予防、Zagreb、タイ赤十字方式などを検証した論文のMethodをいくつか見てみましたが、明確にAllowanceが記載されたものを見つけることはできませんでした。
J Commun Dis. 1995 Mar;27(1):36-43.
Vaccine. 2006 May 8;24(19):4116-21.
Int J Infect Dis. 2002 Sep;6(3):210-4.
Vaccine. 2009 Dec 10;28(1):148-51.

ところで自分が担当していたRAの国内治験の論文を見てみると、実際の現場ではAllowanceが設定されていたにもかかわらず、論文にはAllowanceが記載されていないことに気づきました。詳しい倫理規定についてはよくわからないのですが、論文化する際にAllowanceの詳細まで書く必要はないということだと思われます。
実際のところ狂犬病の臨床試験でもAllowanceが設定されていた可能性はあるかもしれません。ないかもしれませんが。


UpToDateでは、以下のように2,3日のズレに関しては許容する記載があります。
Deviations of a few days from the immunization schedule do not require complete reinitiation of vaccination [51]
この根拠論文[51]を読んでみます。


N Engl J Med. 2004 Dec 16;351(25):2626-35.
"Deviations of a few days are unimportant, but the effect of lapses lasting weeks or months is unknown.
Most deviations will not require complete reinitiation of vaccination."
2,3日の接種のずれは重要ではないが、週単位以上でずれると影響はわからない。
この箇所の根拠として更にACIPの推奨が引用されていましたので読んでみます。


MMWR Recomm Rep. 2002 Feb 8;51(RR-2):1-35.
この論文の Spacing of Multiple Doses of the Same Antigen という章に以下の記載がありました。
"ACIP recommends that vaccine doses administered <4 days before the minimum interval or age be counted as valid. However, because of its unique schedule, this recommendation does not apply to rabies vaccine."
複数回打つワクチンは3日以内で前後してもよいが、狂犬病ではそれを適用しないで下さい、とのこと。
この箇所も更に過去のACIPの引用が根拠になっていますので読んでみます。


MMWR Recomm Rep. 1999 Jan 8;48(RR-1):1-21.
"... failures have occurred abroad when some deviation was made from the recommended postexposure treatment protocol
 or when less than the currently recommended amount of antirabies sera was administered."
米国では狂犬病曝露後予防での失敗例はないが、他の国では決められたプロトコルから逸脱があった例で、曝露後予防の失敗例が報告されている(のでプロトコルから逸脱しないようにしましょう)。
ここでは治療失敗例の症例報告が3例引用されていましたので、更に読んでみます。


N Engl J Med. 1987 May 14;316(20):1257-8.
  • 使用ワクチン:ヒト二倍体細胞狂犬病ワクチン(恐らくRabivac)
  • 創部洗浄あり。咬傷18時間後から処置開始
  • day0,3,7,14に接種したが臀部筋注の逸脱があった。
  • RIGはプロトコル通り20IU/kg創部浸潤+筋注
  • day21に狂犬病発症
  • Discussionできちんと三角筋に打ちましょうと提唱されている。


Vaccine. 1989 Feb;7(1):49-52.
  • Case1:
    • 使用ワクチン:精製ニワトリ胚細胞ワクチン(恐らくRabipur)
    • 噛まれた飼い犬が死んだので、咬傷2日後から処置開始
    • RIGは創部浸潤せず両腕に筋注するという逸脱があった
    • day0, 3, 7, 14に接種したが臀部に筋注の逸脱があった
    • day19に狂犬病発症

  • Case2:
    • 使用ワクチン:精製ベロ細胞由来ワクチン(恐らくVerorab)
    • 創部洗浄あり。噛まれた飼い犬が死んだので、咬傷5日後から処置開始
    • RIGは創部浸潤せず両腕に筋注するという逸脱があった
    • day0, 3, 10, 13と逸脱した日程で接種した(注射部位は不明)
    • day14に狂犬病発症

米国イリノイ州の曝露後予防で、臀部にワクチンを打っていた患者の狂犬病中和抗体価が低かったという後ろ向き観察研究も、上記のACIP推奨内で引用されていました。
N Engl J Med. 1988 Jan 14;318(2):124-5.

上記の症例報告を見るに、暴露後予防の失敗は接種日逸脱の問題ではないような気がしますが、少しでも逸脱があると失敗したときに途轍もなく後悔しそうですし、エビデンスはなくとも、きちんとやったほうがいいのでしょう。


結論:

狂犬病ワクチンのスケジュールは2,3日のズレは許容されているが、目的が死亡リスクの回避であり、根拠のあるアレンジは存在しないので、可能な限り厳密に運用する。

2020年7月6日月曜日

COVID-19における抗リン脂質抗体プロファイル

A&RとmedRxivのpre-printにCOVID-19におけるaPLの話題がありました。

活動極期に一過性CAPSのようなことが起きているのかと思いましたが、時系列的には先に血栓ができて、その後aPLが検出され、疾患の沈静化とともに陰性化しているように見えます。血栓素因というより、血栓の結果としてaPLができていると考えるのが自然でしょうか。


medRxiv. Posted June 17, 2020. [Pre-print]
Prothrombotic antiphospholipid antibodies in COVID-19.
  • COVID-19の入院患者172人の血清で8種類のaPLを測定した (aCL IgG/IgM/IgA, aβ2GPI IgG/IgM/IgA, aPS/PT IgG/IgM)
  • いずれかのaPLが52%に認められ、内訳はaCL-IgM 23%、aPS/PT-IgG 24%、aPS/PT-IgM 18%だった
  • 高力価aPLは、NETsを含む好中球過活動、血小板増多、重篤な呼吸器症状、GFRの低下と関連していた
  • COVID-19患者由来のaPLは、既知のAPS患者と同様に、NETs放出を促進し、マウスへの投与で静脈血栓の形成を増強させた


Arthritis Rheumatol. 2020 Jun 30. doi: 10.1002/art.41425.
Brief Report: Anti‐phospholipid antibodies in critically ill patients with Coronavirus Disease 2019 (COVID‐19)
  • COVID-19確定患者の重症66名と非重症13名の血清で以下のaPLを測定した
    • aCL (IgG, IgM, IgA) (CIA)  
    • aβ2GP1 (IgG, IgM, IgA) (CIA)
    • IgG aβ2GP1‐D1 (CIA)
    • aPS/PT (IgG, IgM) (ELISA, INOVA)
    • LA (dRVVT)
  • 重症の47.0% (31/66)でaPLが検出されたが、非重症では検出されなかった
  • aPLの内訳は多い順に、IgA aβ2GP1 (28.8%,19/66)、IgA aCL (25.8%, 17/66)、IgG aβ2GP1 (18.2%, 12/66)だった

  • 複数のPLを有する患者ではaPL陰性者と比較して脳梗塞の発生率が有意に高かった (5件 vs. 0件, p=0.01)
  • 時系列でaPLを確認できた6名の抗体価の変動の傾向は、30~40日目にピークとなり、その後60日目頃までに陰性化していた

2020年7月5日日曜日

オラネキシジン皮膚消毒によるSSI予防

慶応大からオラネキシジンのSSI予防に関するポピドンヨードへの優位性を示した報告が出ています。
有害事象が若干多い感じもしますが、少なくとも腹腔鏡手術に関してはオラネキシジンに移行していく可能性がありそうです。


Lancet Infect Dis. 2020 Jun 15;S1473-3099(20)30225-5.
Aqueous Olanexidine Versus Aqueous Povidone-Iodine for Surgical Skin Antisepsis on the Incidence of Surgical Site Infections After Clean-Contaminated Surgery: A Multicentre, Prospective, Blinded-Endpoint, Randomised Controlled Trial.

  • Design: RCT、評価者と参加者は盲検で、担当医は非盲検
  • P: 準清潔(CDC-classII, clean-contaminate)の予定手術患者
  • I: 1.5%オラネキシジンでの皮膚消毒
  • C: 10%ポピドンヨードでの皮膚消毒
  • O: 30日以内のSSI発生率
  • 補足:術前抗菌薬は通常通り使用。SSIかどうかは担当医の情報から評価者が判断

結果

  • 883名が適格性スクリーニングを受け、計597名がランダム化され、オラネキシジン群の294名、ポピドンヨード群の293名が解析対象となった
  • 組入時の除外の内訳は146名が活動性感染あり、66名が緊急手術、など
  • 患者背景は年齢中央値69歳、腹腔鏡手術が434件(74%)で、内訳は上部消化管手術161例(27%)、下部消化管手術165例(28%)、肝胆膵手術252例(43%)、その他の手術が9例(2%)だった
  • 30日以内のSSIはオラネキシジン群で19件(7%)発生し、ポピドンヨード群の39件(13%)と比較して有意に少なかった
  • SSIの内訳は表層SSI 4件(1%) vs.13件(4%)、深部SSI 1件(<1%) vs. 1件(<1%)、臓器体腔SSI 14件(5%) vs. 25件(9%)であり、表層SSIと臓器体腔SSIは有意にオラネキシジン群に少なかった
  • 有害事象はオラネキシジン群で皮膚紅斑(4件vs.1件)、皮膚炎 (2件vs.1件)が多かったが、有意ではなかった


解釈


評価者が盲検化されているにしても、担当医の情報にバイアスが入る可能性は高そうです。表層SSIの診断・定義は大分適当なので(MethodにはCDCガイドラインの定義としか書いていない)、発生件数に若干のバイアスは生じうると読みました。


とはいえEffect sizeに見合った十分なNがあり、臓器体腔SSIでも有意差がついており、多少非盲検部分によるバイアスが入ったところで結果が変わるほどの影響は出なそうです。基本的には信頼できそうな結果だと思いました。


相対リスク減少は52%、NNTは14なので実臨床のプラクティスを変えるほどのインパクトがありそうです。しかし試験の大半の手術が腹腔鏡であり、サブ解析でもSSIの減少効果は開腹では差がつかず、ベネフィットは腹腔鏡で大きいようです。

開腹手術での効果を評価するにはNが不足している可能性が高いので、今後の展開が期待されますが、現時点のデータではオラネキシジンの優位性は腹腔鏡のみと考えるのが妥当と思われます。


最後に非常に重要な点として、COI開示によると1st authorとLast authorが大塚製薬(オラネキシジンの販売元)のグラントを受けて行った研究のようです。