2023年7月28日金曜日

チゲサイクリンの嘔気の対処法

今回はめちゃくちゃマニアックな記事ですね。興味ない方はすみません。読み飛ばしてください。刺さる人には刺さる(はず)


ある症例:

東南アジアに居住歴があるM. abscessusによる蜂窩織炎の50代女性。薬剤感受性はクラリスロマイシンは誘導体性がなくSであったが、イミペネムがI、ドキシサイクリン、モキシフロキサシン、ST合剤のいずれもRであった。

クラリスロマイシン+アミカシン+イミペネム+チゲサイクリンで治療を開始したところ、翌日から嘔気・嘔吐が出現した。

チゲサイクリンによる嘔気と思われる経過だが、薬剤変更の選択肢が乏しい中でチゲサイクリンを中止せざるを得ないのだろうか?



本題:

この症例は、代替薬はリネゾリドやクロファジミンなど、あるにはありますが、選択肢が少ない中で大事に使いたい薬剤なので、チゲサイクリンの嘔気への対処法について少し調べてみました。


チゲサイクリンの論文は古いものしか出てこないのですが、嘔気の対処について書かれたよさげなレビューと忍容性試験を見つけました。


Clin Infect Dis. 2006 Aug 15;43(4):518-24.

  • チゲサイクリンの最も高頻度である副作用は嘔気、嘔吐
  • 嘔気、嘔吐は用量依存性であり、薬物注入速度を遅くしても軽減されない
  • 制吐薬の投与でチゲサイクリンの忍容性は改善する
  • 嘔気は通常、最初の 1~2日間で発生し、ほとんどの患者では一過性である
  • チゲサイクリンの中止率は5%で、嘔気 (1.3%) と嘔吐 (1.0%) に関連したものが最多


Antimicrob Agents Chemother. 2005 Jan;49(1):220-9.

  • 単回投与でプラセボと比較した健常人の忍容性試験
  • 投与時間はむしろ60分より30分の方が嘔気が少ない
  • 食後に投与すると嘔気が軽減する
  • チゲサイクリンが胆汁から排泄され、消化管を刺激する機序が推定されている


ということで、対処法をまとめると以下。

  • 投与時間は30分の方が良い(消化管の通過時間の問題?)
  • 投与前に何か食べ物を摂取していただく
  • 制吐剤はもちろん使ってもらう
  • 一過性の症状である可能性も高いので、もう少しだけ我慢してもらうよう励ます


2023年7月21日金曜日

化膿性仙腸関節炎

ある事例:

16歳の男子高校生、2か月前から続く左腰部~臀部の痛みで来院した。MRIでは左の仙腸関節炎が認められ、精査目的に入院となった。入院してみると微熱があり、入院時の血液培養1/2セットからMSSAが発育した。


本題:

我々リウマチ医にとって仙腸関節炎といえば、もっぱら強直性脊椎炎や乾癬性関節炎などの脊椎関節炎なわけですが、感染症内科的には黄色ブドウ球菌の関節炎がCommon presentationです。

リウマチ医にも相談が来る(かもしれない)黄色ブドウ球菌の仙腸関節炎の特徴について基本的なレビューを元に概要をまとめてみました。


先に重要な点をまとめると、

  • 化膿性仙腸関節炎は小児を含む若年者、男性、左側に多い
  • 起因菌は半分以上がMSSA
  • 画像検査では、XP/CTの感度が低く、MRIで診断する
  • 外科デブリされている症例はあまり多くない



Pediatrics (1980) 66 (3): 375–379.

  • 小児のコホートでは、Septic arthritisの1~2%が仙腸関節炎
  • 男児に多く、3分の2が亜急性に発症する
  • 殆どの場合、X線所見は永続的に残るが、適切に管理した場合の生命予後は良好である


Rheumatology (Oxford). 2007 Nov;46(11):1684-7.

  • 仙腸関節炎の小児11例と成人22例のケースシリーズ
  • 小児では免疫不全を背景に発症する例は少ない(9.1% vs 31.8%)
  • CTの陽性率は36.4%、MRIは84.6%、骨シンチは93.3%
  • 治療は静注2~6週後に、2~3週の経口抗菌薬が実施されていた
  • 外科的デブリは9.1%で行われていた
  • 後遺症として5名の慢性股関節痛、4名の歩行異常、1名の下肢衰弱、1名の神経根障害があり、小児と成人での発症率の差はなかった


BMC Infect Dis. 2012 Nov 15;12:305.

  • 39名の感染性仙腸関節炎のコホート
  • 微生物は16例が関節穿刺、14例が血液培養、2例が尿の細菌学的検査、1例が腰筋穿刺で同定された
  • MSSAが16/33で最多、CNSが5/33、連鎖球菌が5/33、緑膿菌が3/33であった
  • 平均年齢は39.7歳、全例が片側性で左が優位だった(59%)
  • 臨床症状は、腰痛92%、発熱44%、乾癬5%、股関節痛3%
  • 仙腸関節X線は39.4%が正常、CTは48%で仙腸関節炎を同定、29.6%で腰筋膿瘍を同定、22.2%が正常。MRIの陽性率は92.5%だった



原則血流感染によって起きる疾患ですが、鍼治療による直達性の症例報告もあります。

化膿性関節炎が10万人に2~5人ということなので、その1~2%が仙腸関節炎ということだと、少なくともすごく多い疾患ではないですね。

とはいえ、これだと100万人に1人もいない?となって若干少なすぎる気もしますが・・・


治療期間は報告によってバラバラですが、4週間くらいが妥当というところでしょうか。

小児の急性化膿性骨髄炎の治療期間が短いために、報告もばらついているのだと思われます。


なお、仙腸関節症の検出に最も良い身体診察は、パトリックテストと大腿スラスト試験の組み合わせということです("化膿性"仙腸関節炎に限らない)

J Chiropr Med. 2021 Jun;20(2):95.

Adv Orthop.2022 Dec 28;2022:3283296.


大腿スラスト試験(Thigh thrust test):https://rehabilitation01.com/216/

パトリックテスト(Faber test):https://rehabilitation01.com/225/


2023年7月14日金曜日

Corynebacteriumに対するダプトマイシン曝露により、高度耐性株が選択される現象

感受性の分からないコリネバクテリウムにダプトマイシンは使いにくい、という話。


ダプトマイシンのMICがやや高いCorynebacteriumはしばしば目にしますが、そこまでよくあることでもないので、実際どのくらいなのか気になって調べてみました。


以下のようにダプトマイシン耐性株の症例報告はちょこちょこ引っかかります。

NVE:Antimicrob Agents Chemother. 2012 Jun;56(6):3461-4.

HSCT後の菌血症:J Clin Microbiol. 2009 Jul;47(7):2328-31. 

PJI:BMC Infect Dis. 2022 Mar 26;22(1):290.


Antimicrob Agents Chemother. 2003 Jan;47(1):337-41.

これは米国のサンプルサイズのやや大きい研究ですが、29/31 (94%) がダプトマイシンに感受性あり、ということでした。


Rev Inst Med Trop Sao Paulo. 2021 Jun 18;63:e49.

ブラジルの報告、1/10 (90%) が感受性あり。


Clin Microbiol Rev. 2013 Oct;26(4):759-80. 

CMRのレビュー。コリネのダプトマイシンの耐性について、「めったに観察されないことだが、高レベルのダプトマイシン耐性は、ダプトマイシン療法の副次的効果の可能性がある」と書かれています。


Antimicrob Agents Chemother. 2017 Oct 24;61(11):e01111-17.

J Infect Chemother. 2019 Nov;25(11):906-908.

ダプトマイシンの投与歴がある症例で高度耐性株が誘導された、という報告が複数あります(JICは阪大からの報告)。

上のAACでは感受性のある株にダプトマイシンを24時間曝露すると、全て耐性株となったというin vitroのデータが示されています。

バンコマイシン、テイコプラニンではこういうことはないようです。



ということで、まとめると、

  • 何の曝露もない状態だと、Corynebacteriumのダプトマイシン感受性率は90%以上
  • ダプトマイシンの曝露後に、急速に高度耐性株が選択されることがある



ダプトマイシン投与中や投与歴のある場合は、MICの動向に注意が必要なようです。

どうしても長期投与が必要になる骨髄炎、IE、PJIなどでは気をつけたいですね。


2023年7月7日金曜日

抗菌薬による薬剤性腎障害は、類似薬に交差性があるか?


ある症例:

腹腔内膿瘍に対してセフェピム+メトロニダゾールで治療していた患者さんが、治療開始12日目にCrが0.8から1.3に上昇、14日目の再検で1.9とさらに上昇しました。

セフェピムによる腎障害を疑い、セフェピムは中止。

代替薬を選択するにあたり、もちろんキノロンやST合剤は選択肢に上がりますが、他のβラクタム薬は選択肢に入れて良いのでしょうか?(類似薬は交差するのでしょうか?)



本題:


Int J Mol Sci.2021 Jun; 22(11): 6109.

まず、薬剤性腎障害のメカニズムですが、主に以下の3通りになります。


  1. 急性尿細管壊死 (ATN):アミノグリコシド、アムホテリシンB、テノホビル、シドフォビル、シスプラチン
  2. 尿細管分泌による閉塞:メトトレキサート、アシクロビル、スルファジアジン、シプロフロキサシン
  3. 急性尿細管間質性腎炎 (ATIN):PPI、NSAID、免疫チェックポイント阻害剤、βラクタム、ST合剤


ATNは細胞内蓄積によるので用量依存性、原則として緩徐進行です。

対策は補液。


尿細管分泌は薬剤の尿細管タンパクとの反応で結晶化や円柱による尿細管閉塞性の障害が起きます。

対策は結晶化を抑制する尿pH管理です(適正値は薬剤による)


ATINはハプテンや遅延型IV型アレルギーが関与する免疫原性であり、抗原提示されて免疫反応が起きる過程なので10日以内の急性に起こります。

予防はありませんが、早期にはステロイド治療が有効です。


余談になりますが、バンコマイシンは3つのメカニズム全てが関与していて複雑のようです。補液をしても予防できず、テイコプラニンと交差したりしなかったりするのはこのせいですね。納得。


閑話休題。


ということで交差するかどうかを考えなければならない薬剤性腎障害はATINのみなのですが、先にβラクタム薬の側鎖推定の考え方についておさらいしておきます。


Lancet. 2019 Jan 12;393(10167):183-198

こちらは薬剤アレルギー全般の考え方が述べられている総説です。

βラクタムの薬剤アレルギーが交差するかどうかは、主にペニシリン、セファロスポリンの側鎖(R1)が関係しています。

各クラス間の交差率は以下の図の通りで、R1側鎖で大きく5つのグループに分かれます。

  • ペニシリンと第一世代セファロスポリンの一部
  • 第一世代と第二世代セファロスポリン
  • 第三世代と第四世代セファロスポリン
  • カルバペネム系
  • モノバクタム系


メカニズムを考えれば皮膚で起きていることが腎臓で起きているだけなので、薬疹と同じ考え方(側鎖推定)をしても問題ないと理解して良さそうですが、そもそもATINが交差性の薬剤で反応するのかデータ不足なのと、理論上の死亡リスクがあることからリスクベネフィットバランスが取れていないのではないかという意見でした。

この総説ではATIN(論文中ではAINと表記されている)は臓器障害なので重篤な病変と考え、側鎖のみの交差性では選ばず、βラクタム全般を避ける安全マージンを取った意見になっています(下図)。


側鎖推定をする場合は専門家に相談してね、と書いてあるので絶対に使ってはダメということではないです。もちろん既往有害事象の程度の問題もあるでしょう。



Adv Chronic Kidney Dis. 2017 Mar;24(2):64-71.

もう1個総説を読んでみます。薬剤性間質性腎炎の総説で、ATINを交差性で考えてよいかについて書かれた部分が少しだけありました。


以下、該当部分を和訳抜粋。

モノバクタム系を除くすべてのβ-ラクタム系抗菌薬は、5員環または6員環で構成されている。モノバクタム系にペニシリン系との交差反応性が報告されておらず、ATINの原因として報告されていないのは、このためである。

ペニシリンアレルギーの患者におけるセファロスポリンとの交差反応は12%と推定されているが、この注意は主にI型反応に対してであり、ATINのようなIV型反応に対しては推測に過ぎない。



冒頭の症例の結論:

今回の腎障害がセフェピムによるATINと考えると、安全マージンを取れば、βラクタムで使ってよいのはアズトレオナム(モノバクタム系)のみ。

ペニシリン系、1,2世代セファロスポリン、カルバペネムは2%未満のごく低確率での交差性は推定されるので、必要性が高い場合は専門家に相談の上で使用を考慮する。