ある症例:
腹腔内膿瘍に対してセフェピム+メトロニダゾールで治療していた患者さんが、治療開始12日目にCrが0.8から1.3に上昇、14日目の再検で1.9とさらに上昇しました。
セフェピムによる腎障害を疑い、セフェピムは中止。
代替薬を選択するにあたり、もちろんキノロンやST合剤は選択肢に上がりますが、他のβラクタム薬は選択肢に入れて良いのでしょうか?(類似薬は交差するのでしょうか?)
本題:
Int J Mol Sci.2021 Jun; 22(11): 6109.
まず、薬剤性腎障害のメカニズムですが、主に以下の3通りになります。
- 急性尿細管壊死 (ATN):アミノグリコシド、アムホテリシンB、テノホビル、シドフォビル、シスプラチン
- 尿細管分泌による閉塞:メトトレキサート、アシクロビル、スルファジアジン、シプロフロキサシン
- 急性尿細管間質性腎炎 (ATIN):PPI、NSAID、免疫チェックポイント阻害剤、βラクタム、ST合剤
ATNは細胞内蓄積によるので用量依存性、原則として緩徐進行です。
対策は補液。
尿細管分泌は薬剤の尿細管タンパクとの反応で結晶化や円柱による尿細管閉塞性の障害が起きます。
対策は結晶化を抑制する尿pH管理です(適正値は薬剤による)
ATINはハプテンや遅延型IV型アレルギーが関与する免疫原性であり、抗原提示されて免疫反応が起きる過程なので10日以内の急性に起こります。
予防はありませんが、早期にはステロイド治療が有効です。
余談になりますが、バンコマイシンは3つのメカニズム全てが関与していて複雑のようです。補液をしても予防できず、テイコプラニンと交差したりしなかったりするのはこのせいですね。納得。
閑話休題。
ということで交差するかどうかを考えなければならない薬剤性腎障害はATINのみなのですが、先にβラクタム薬の側鎖推定の考え方についておさらいしておきます。
Lancet. 2019 Jan 12;393(10167):183-198
こちらは薬剤アレルギー全般の考え方が述べられている総説です。
βラクタムの薬剤アレルギーが交差するかどうかは、主にペニシリン、セファロスポリンの側鎖(R1)が関係しています。
各クラス間の交差率は以下の図の通りで、R1側鎖で大きく5つのグループに分かれます。
- ペニシリンと第一世代セファロスポリンの一部
- 第一世代と第二世代セファロスポリン
- 第三世代と第四世代セファロスポリン
- カルバペネム系
- モノバクタム系
メカニズムを考えれば皮膚で起きていることが腎臓で起きているだけなので、薬疹と同じ考え方(側鎖推定)をしても問題ないと理解して良さそうですが、そもそもATINが交差性の薬剤で反応するのかデータ不足なのと、理論上の死亡リスクがあることからリスクベネフィットバランスが取れていないのではないかという意見でした。
この総説ではATIN(論文中ではAINと表記されている)は臓器障害なので重篤な病変と考え、側鎖のみの交差性では選ばず、βラクタム全般を避ける安全マージンを取った意見になっています(下図)。
側鎖推定をする場合は専門家に相談してね、と書いてあるので絶対に使ってはダメということではないです。もちろん既往有害事象の程度の問題もあるでしょう。
Adv Chronic Kidney Dis. 2017 Mar;24(2):64-71.
もう1個総説を読んでみます。薬剤性間質性腎炎の総説で、ATINを交差性で考えてよいかについて書かれた部分が少しだけありました。
以下、該当部分を和訳抜粋。
モノバクタム系を除くすべてのβ-ラクタム系抗菌薬は、5員環または6員環で構成されている。モノバクタム系にペニシリン系との交差反応性が報告されておらず、ATINの原因として報告されていないのは、このためである。
ペニシリンアレルギーの患者におけるセファロスポリンとの交差反応は12%と推定されているが、この注意は主にI型反応に対してであり、ATINのようなIV型反応に対しては推測に過ぎない。
冒頭の症例の結論:
今回の腎障害がセフェピムによるATINと考えると、安全マージンを取れば、βラクタムで使ってよいのはアズトレオナム(モノバクタム系)のみ。
ペニシリン系、1,2世代セファロスポリン、カルバペネムは2%未満のごく低確率での交差性は推定されるので、必要性が高い場合は専門家に相談の上で使用を考慮する。