2021年5月30日日曜日

免疫チェックポイント阻害剤投与者におけるBNT162b2接種後のサイトカイン放出症候群

 免疫チェックポイント阻害剤治療中の方がPfizerワクチン接種後に、サイトカイン放出症候群をきたしたという驚愕の症例報告です。

irAEの既往がある点がポイントなのだろうと思います。

治験では癌患者の接種があまり検証されていないので見落としがちですが、機序的には全く違和感がないので、まもなく始まる一般接種では注意が必要ですね。



Cytokine release syndrome in a patient with colorectal cancer after vaccination with BNT162b2

Nat Med. 2021 May 26. doi: 10.1038/s41591-021-01387-6.

https://www.nature.com/articles/s41591-021-01387-6

  • 58才男性 直腸癌
  • COVID-19の既往はない
  • 2019年2月 Anti-PD-1単独療法
  • 2019年4月 運動失調 →irAE grade1-2の診断。PSL1mg/kgで治療
  • 2019年6月 Anti-PD-1再開
  • 2020年3月 副腎不全 →irAE grade1の診断。PSL3mg補充療法
  • 2020年12月2日 Anti-PD-1最終投与

  • 2020年12月27日 BNT162b2 初回接種
  • 即時の有害事象はなく、接種部位のgrade1の炎症のみ
  • 5日後 38度台発熱、筋痛、下痢。CRP 12.5、LDH 184、Plt 6.8万 →入院
  • 尿培養・血液培養陰性、SARS-CoV-2 PCRの陰性、CTで感染症・血栓なし。広域抗菌薬投与したが無効
  • 入院5日目 状態改善せず。39.8度、CRP 31.7、LDH 849、フェリチン6010であり、サイトカイン放出症候群(CRS)としてPSL1mg/kgで治療開始
  • 入院9日目 症状は改善

  • 2021年2月 Anti-PD-1再開
  • ワクチンの2回目は接種しなかった


CRS急性期の免疫応答解析

  • CRSの特徴であるTh1サイトカイン(MIG、IL-2R、IL-16、IFN-γ、IL-18)の亢進が、入院3日目から見られていた
  • マクロファージの活性化(MCP-1、MIP、IL-8、IL-18、MIGの上昇)も見られた
  • 抑制性サイトカインであるIL-10の上昇が、入院3〜8日目に認められたが、明らかに炎症亢進を抑えることができていない
  • ほとんどのサイトカインはステロイド治療で大幅に減少したが、入院12日目にIL-2R、IL-2、IL-16、IL-18の上昇が持続したことから、T細胞活性化の持続が示唆された


ワクチン応答の解析

  • S1反応性および中和抗体はワクチン接種の7日後から検出され、力価はステロイド投与中も上昇し続けた
  • S特異的CD4 +およびCD8 + T細胞は、ワクチン接種後17日目、40日目には検出できず
    • 注:COVID-19既往がない健常人でも、ワクチン1回のみ接種では同じようにT細胞応答は誘導されないようです(Lancet. 2021 Mar 27;397(10280):1178-1181.
  • エピトープ解析ではCOVID-19ワクチン接種者と類似し、スパイク蛋白シグナルは上昇し、非スパイク蛋白シグナルは検出されなかった


2021年5月29日土曜日

BNT162b2 mRNAワクチン(Pfizer COVID-19ワクチン)に対するMTX投与の影響

 in vitroですが、MTX投与者のCOVID-19ワクチンの抗体反応、およびCD8+ T細胞応答はやや減弱するというデータが、ARDに出ています。

これが実際の個人の免疫や集団免疫にどの程度影響するかというと、あまり問題にならないのではないか、というのが個人的な推測(感想)です。



Methotrexate hampers immunogenicity to BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine in immune-mediated inflammatory disease.

Ann Rheum Dis. 2021 May 25:annrheumdis-2021-220597.

  • 免疫介在性炎症疾患(IMID)における、BNT162b2(Pfizerワクチン)の抗体価及びT細胞応答を、MTX投与者とそれ以外の治療に分けて調査
  • 健常コントロール26例、non-MTX 26例、MTX 25例を検討
  • 平均年齢は健常群49.2歳、non-MTX群49.1歳、MTX群63.2歳
  • non-MTXの治療は、TNF阻害薬11例(42.3%)、他のサイトカイン・JAK阻害薬が9例(34.6%)、その他7例
  • MTXの投与量は15.7±5 mg/w
  • 十分な抗体反応(>5000U)が得られた割合は、健常人96.1%、non-MTX群92.3%、MTX群72.0%だった
  • スパイク特異的B cell、cTfh(CD4+ICOS+CD38+)、活性化CD4+ T cell、HLADR+ CD8+ T cellの割合は全てのグループで有意に増加した
  • 活性化CD8+ T cell(Ki67+ CD38、GZMB+)は、MTX投与群では誘導されなかった


補足:

MTX群の平均年齢は10才以上高く、COVID-19既往も半分以下ですので、これがかなり大きなバイアスになっている可能性があります。

Pfizerワクチンの治験データでも高齢者の抗体反応は若干低下していました。

N Engl J Med 2020; 383:2439-2450


この検討では抗体価5000Uをカットオフにしていますが、NEJMのFigureを見る限り、健常高齢者の5000以上の抗体反応率は90%を切っていそうであり、回復期血漿の抗体価が平均600くらいみたいなので、MTX群の抗体反応の低下が実際にはどのくらいsevereな問題なのかはよくわかりませんね。


あとインフルエンザワクチンのRCTと同じく、MTX投与量が多いことが影響している可能性があります。


Ann Rheum Dis. 2018 Jun;77(6):898-904.

  • インフルエンザワクチン前のMTX2週間休薬は非休薬と比較して抗体反応率を有意に上げる
  • サブ解析でMTX7.5mg以下の抗体反応率は有意差なし(用量依存性)
  • ただし休薬群のRA flareは2倍になった


ACRはあまり根拠なく接種前のMTX1週間休薬を推奨していますが、JCR推奨は基本的に休薬せずに接種する、という記載になっています。

本検討ではMTX投与量も日本と比べるとかなり多いので、日本で多いMTX8mg/w前後の方への影響は軽微かもしれないとも思えます。

個人的には少なくとも全員一律にMTXを休薬する必要はなく、よほど落ち着いている人では検討すればいいのではないかと考えています。


2021年5月18日火曜日

ループス腎炎に対するボクロスポリンの併用効果(AURORA1 study)

個人的に注目していたボクロスポリンのRCTが、Lancetに掲載されています。初見は良さそうに見えたんですが、ベリムマブとの対比で考えると、少し微妙かなと思いました。



Efficacy and safety of voclosporin versus placebo for lupus nephritis (AURORA 1): a double-blind, randomised, multicentre, placebo-controlled, phase 3 trial.

Lancet. 2021 May 7:S0140-6736(21)00578-X.

doi: 10.1016/S0140-6736(21)00578-X.

  • Design: Double-blind RCT
  • P: ループス腎炎 III, IV, V
    • 2年以内の腎生検で診断
    • eGFR>45
    • 尿蛋白≥1.5g/gCr (V型は≥2g)
  • I: ボクロスポリン 23.7mg 1日2回+MMF 1g 1日2回
  • C: プラセボ+MMF 1g 1日2回
    • ※併用されたステロイドのレジメン
    • day1,2にmPSL500mg(体重45kg未満は250mg)
    • day3以降は20~25mg/dayから急速減量
    • 16週目に2~5mg/dayまで減量、以降は主治医判断
  • O: 52週の完全腎反応率
    • 完全腎反応率の定義は、以下のすべてを満たす
    • 尿蛋白0.5g/gCr以下
    • eGFR≥60 or ベースラインからの低下が20%未満
    • レスキュー薬の投与がない
    • 44~52週において、PSL換算≥10mg/day 連続3日or7日以上の投与がない


結果:

  • 179名がボクロスポリン群、178名がプラセボ群に割り付けられた
  • ボクロスポリン群、プラセボ群の病理は各々、IIIが11%/16%、IVが51%/43%、Vが14%/14%、III+Vが13%/11%、IV+Vが11%/15%だった
  • 52週の完全腎反応率は、ボクロスポリン群で有意に高かった (73/179 [41%] vs. 40/178 [23%], OR 2.65 [95%CI 1.64-4.27], p<0.0001)
  • SAEはボクロスポリン群で37/178 (21%)、プラセボ群で38/178 (21%)であり、群間差は見られなかった
  • ボクロスポリン群で多かった有害事象は、感染症(34% vs. 17%)、神経障害(26% vs. 15%)、血管障害(21% vs. 13%)、など





感想:

Primary endpointとして、尿蛋白0.5g以下という厳しめの寛解基準が選択されています。ALMS study (J Am Soc Nephrol 2009; 20:1103–1112) のMMF群における尿蛋白0.5g以下達成率は23.8%であり、この試験のプラセボ群でも、想定通り同じ達成率が再現されています。

ややボクロスポリン群にややIV型が多く、バイアスによる過大評価も懸念されますが、それを上回るレベルで寛解率に差があるように見えるので、偶然の差ではないと思われます。サンプルサイズも適切であり、概して内的妥当性は高いRCTと考えます。


IV型よりV型に効くのかと思えば、サブ解析を見る限り、そうでもないようです。

もともとMMFが入っていた患者群でのメリットが著しいです。


MMFにベリムマブ、ボクロスポリンのいずれをを乗せるのがいいのか、BLISS-LN study (NEJM 2020; 383:1117-1128) における52週の完全腎反応率を見てみると、プラセボ20%、ベリムマブ30%で、ボクロスポリンとほぼ同じEffect sizeであり、かつ副作用面では明らかにベリムマブに分がありますので、実際のボクロスポリンの使い所はどこなのか、といわれると難しいですね。

どっちも同じくらい高価でしょうし。

ボクロスポリンが妊婦に使って良いかについてもデータ不足ですので、タクロリムスと同じように使うのは抵抗がありますね。


したがって、Pureな腎病変ではベリムマブ+MMFを優先して使い、腎以外の病変への効果も期待する場合には出番があるかもしれない、というところでしょうか。

具体例としては、MMFで完全寛解まで行かずにくすぶっていて、関節炎や漿膜炎も出てきたんだけどステロイドを増やすほどではないかな、みたいな場面に使えるのかもしれません・・・


2021年5月5日水曜日

COV-BARRIER試験:バリシチニブのCOVID-19に対する標準治療への上乗せ効果

先日プレスリリースされていた、COV-BARRIER試験のプレプリントを読みました。

対象はほぼ酸素投与者に限られています(挿管とECMOも除外されている)。二次エンドポイントではあるものの、死亡率が有意に改善している点が最も重要な点だと思います。


バリシチニブはデキサメサゾン併用での上乗せ効果が不明、という点で敬遠していた部分が大きいですが、これをもってデキサメサゾンと併用するエビデンスは十分得られた気がしています。


Baricitinib plus Standard of Care for Hospitalized Adults with COVID-19

medRxiv [pre-print] Posted May 03, 2021.

https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.04.30.21255934v1


  • Design: 国際共同 Double-blind RCT
  • P: CRP、D-dimer、LDH、フェリチンの最低1つが上昇し、NIAID-OSが4-6のCOVID-19
    • ※NIAID-OSはいつもの重症度カテゴリ
    •  1=活動制限なし
    •  2=活動制限があるが入院不要
    •  3=酸素や医療ケアは不要だが入院が必要(感染管理のための入院)
    •  4=酸素は不要だがCOVID-19に関連した活動制限による医療ケアが必要
    •  5=酸素が必要
    •  6=NIPPVや高流量の酸素が必要
    •  7=機械的換気やECMOが必要
    •  8=死亡
  • I: バリシチニブ4mg/day 14日間+標準治療
  • C: プラセボ+標準治療
    • ※ 標準治療は副腎皮質ステロイドが79%に使用された(うち90%はデキサメサゾン)
  • O: Day28の複合エンドポイント(高流量酸素、NIV、機械換気、死亡、いずれかへの移行)


結果:

  • 764名がバリシチニブ群、761名がプラセボに割り付けられ、83.1%が28日の治療を完遂した(治療中断の62.6%が死亡によるもの)
  • 平均年齢は57.6±14.1歳、83.3%が発症から7日以上経過していた
  • 重症度の内訳は4が12.3%、5が63.4%、6が24.4%だった
  • 標準治療として79.3%でステロイド、18.9%でレムデシビルが併用された
  • Day28における複合エンドポイントは、バリシチニブ群27.8%、プラセボ群30.5%と有意差を認めなかった (OR 0.85, 95%CI 0.67-1.08, p=0.18)
  • 28日の全死亡率は、バリシチニブ群が8.1%と、プラセボ群13.1%と比較して有意に少なかった (HR 0.57, 95%CI 0.41-0.78, p=0.002) →NNTは20
  • 死亡率の低下はどの重症度サブグループでも有意に認められ、高流量酸素/NIVの患者群で最も顕著だった (17.5% vs 29.4%; HR 0.52, 95%CI 0.33-0.80; p=0.007) →NNTは9
  • MACE、VTE、感染症を含む有害事象は両群で大きな差はなく、むしろプラセボ群に死亡に繋がる有害事象が多かった (4.1% vs. 1.6%)



解釈:

複合エンドポイントで有意差が出ないのに、死亡率では有意差が出るという解釈が難解なStudyです。

Table2の二次エンドポイントを1個ずつ見ていく限り、有意差がついていない部分に関しては惜しいところも多いですし、この死亡率の差が偶然なのかというと、少なくとも僕には本当に差がありそうに見えます。


複合エンドポイントで差が出ない理由として、サンプルサイズがあるかもしれません。デキサメサゾン+レムデシビルをベースで使っているからなのか、複合エンドポイントへの効果はHR 0.8と小さめで、死亡率への効果のほうがHR 0.6と大きいです(=上乗せ効果の恩恵は最重症例が最も大きいと解釈できる)。

そもそもサンプルサイズが適切なのか、Methodに書いていないのですが、結果からざっと逆算すると、複合エンドポイントのNは1200、死亡率のNは600くらい必要ですので、これは当然の結果なのかもしれません。


また、バリシチニブはRAへの使用でも数日で効果が出るような薬剤ではないので、Day28、ましてやDay14で差を出そうとすると、なかなか難しかったのではないかと個人的には思います。

ということで、即座というより少し緩徐なスピードでデキサメサゾンへの上乗せ効果があり、特に高流量酸素投与者(OS=5~6)における死亡率の改善という観点で、十分選択肢になるのではないかと感じます。


以下は完全に私見ですが、NNTがトシリズマブより小さいのでバリシチニブを優先して使い、バリシチニブで間に合わないような進行の早い(CRPも高いような)症例にはトシリズマブ、という使い分けがいい気がするのですが、どうでしょうか。

バリシチニブは28日後を見据えて悪くなりそうなOS=5~6の症例に「早めに」入れておく必要がある気がしています。


2021年5月1日土曜日

SARS-CoV-2感染妊婦と新生児転帰の関連性

SARS-CoV-2陽性妊婦が入院し、入院中に分娩になり、新生児がPCR陽性、という稀有な経験をしました。

と、思っていたら、ちょうどピッタリの論文がJAMAに掲載されましたので紹介します。

先にサマライズすると、

  • SARS-CoV-2陽性妊婦は早産・新生児異常が有意に増えるが、垂直感染には起因していない
  • 垂直感染は1%以下と稀で、肺炎の頻度も低いと思われる



Association of Maternal SARS-CoV-2 Infection in Pregnancy With Neonatal Outcomes. 

JAMA. 2021 Apr 29.  doi: 10.1001/jama.2021.5775.

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2779586


  • Design: スウェーデンの前向きコホート
  • 対象:2020.3.11~2021.1.31にスウェーデンの全出生児の92%を登録。奇形のある新生児は除外
  • 方法:SARS-CoV-2 陽性妊婦からの出生児を、傾向スコアを用いて最大4人の対照群とマッチさせて比較した


結果:

  • 88159名の新生児を登録、うち2323名(1.6%)がSARS-CoV-2陽性の母親から出生した
  • SARS-CoV-2陽性の母親の平均在胎期間は39.2 ± 2.2 週、対照群は39.6 ± 1.8 週
  • 早産(37週未満)の割合は,SARS-CoV-2陽性妊婦で205/2323 (8.8%),対照群で4719/85836 (5.5%)だった
  • 母親のSARS-CoV-2検査陽性は、新生児の複数の病的異常と有意に関連していた
    • 新生児の入院ケア (11.7% vs.8.4%, OR 1.47, 95%CI 1.26-1.70)
    • 新生児呼吸促迫症候群 (1.2% vs. 0.5%, OR 2.40, 95%CI 1.50-3.84)
    • 他のあらゆる新生児呼吸器疾患 (2.8% vs. 2.0%, OR 1.42, 95%CI 1.07-1.90)
    • 高ビリルビン血症(3.6% vs. 2.5%, OR 1.47, 95%CI 1.13-1.90)
    • 新生児死亡率 (0.30% vs. 0.12%, OR 2.55, 95%CI 0.99-6.57)
  • 退院時の母乳育児率 (94.4% vs. 95.1%, OR 0.84, 95%CI 0.67-1.05),NICU滞在期間 (中央値6日 vs. 6日, 95%CI -2-7日) は両群間で有意差はなかった
  • SARS-CoV-2陽性妊婦からの出生児のうち21人(0.90%)がSARS-CoV-2陽性だったが、先天性に肺炎を発症していた児はいなかった


解釈:

陽性妊婦からの出生では新生児以上の発生頻度が高くなり、死亡リスクも上がるようですが、これは在胎期間の短縮など母体の異常に起因しており、新生児のCOVID-19の発症・重症化によるものではないと解釈できそうです。

垂直感染はあったとしても1%以下と稀で、PCR陽性の新生児もこのコホートでは全て軽症でした。

Nは大きいですがイベント数が少なめなので、解釈には慎重であるべきですが、更に大規模なコホートが後に出てきても、大きく解釈が変わる可能性は低そうです。

コホートの本質とは外れますが、陽性妊婦でもほとんどが母乳育児をしており、問題は起きていないようですね。