2022年5月14日土曜日

染色体性AmpCを持つ腸内細菌目の感染症に対してセフトリアキソン・ピペラシリンを使ってよいか

緑膿菌が血培から生えたVAPで、痰培養からは緑膿菌とSerattia marscesensが同定された、という事例がありました。

このVAPをピペラシリン(もしくはピペラシリン・タゾバクタム)で治療することは可能なのでしょうか?


CLSI-M100 28th

PIPCは内因性耐性とは書かれていないです(左から4列目)。もちろんABPC、ABPC/SBTは内因性耐性
なおEUCASTにPIPCの記載はありません





Kucers' The Use of Antibiotics 7th edition

Section2:10 メスロシロン・アズロシリン・アパルキリン・ピペラシリン より抜粋
ピペラシリンは腸内細菌科細菌に対して良好な活性を示すが、1997年以降、腸内細菌科細菌の耐性は著しく増加し、2004年には50%に達する地域も報告されている。
腸内細菌科細菌の耐性の主なメカニズムは、β-ラクタマーゼによる不活性化である
このため、ピペラシリンは腸内細菌科細菌に対してアンピシリンやチカルシリン単独よりも高い活性を示すが、チカルシリン-クラブラン酸、アンピシリン-スルバクタム、ピペラシリン-タゾバクタムよりも一般に低い活性を示す。
メスロシリン、アズロシリン、アパルキリン、ピペラシリンは、TEMβ-ラクタマーゼなどグラム陰性菌が生産する多くのβラクタマーゼで分解されることが確認されている。したがって,アンピシリンやカルベニシリンに後天的に耐性を獲得したグラム陰性菌の多くは、このグループの抗菌薬にも耐性を示すことになるしかし、TEM-1β-ラクタマーゼを産生する一部の大腸菌は、アンピシリンには耐性を示すが、メズロシリンやピペラシリンには比較的感受性を保っている。

つまりAmbler分類Aのβラクタマーゼ産生腸内細菌化細菌は、感受性があればピペラシリンを使ってもよさそうだ、と理解できます。
(注:AmpCの話ではないです。AmpCはAmbler class C。下図参照:日本臨床微生物学雑誌 Vol. 24 No. 3 2014)




少し横道にそれますが、Kucerによると、
S. pneumoniaeやViridans groupのペニシリン耐性は、PBPの変異によって媒介される。したがって連鎖球菌属の耐性はtazobactamやsulbactamのようなβ-lactam阻害剤では克服されない。
ピペラシリン活性に対するPBP変異の影響は、ペニシリンGおよびアンピシリン活性に対する影響よりも大きく、ペニシリンに対して中程度の耐性を有する連鎖球菌は、ピペラシリンに対して耐性を有する可能性がある。

つまり、連鎖球菌はPCGが中等度耐性以上(>0.12でしょうか?)であればPIPCも耐性のことが多い(とはいえ感受性をそのまま信じてよいのは同様)


さて、Serattia marscesensなどの染色体性にAmpCを持っている菌でも、PIPCの感受性をそのまま読んでいいのかというのが今回の疑問でした。
下記レビューを読んで結構頭が整理できたので紹介します。


AmpC β-lactamase-producing Enterobacterales: what a clinician should know.
Infection. 2019 Jun;47(3):363-375.

染色体性にAmpCをコードしている(cAmpC)臨床的に重要なグラム陰性菌で、特に重要なのはESCPMグループと呼ばれる腸内細菌目細菌
  • Enterobacter (Enterobacter cloacae complex, Enterobacter aerogenes)
  • Serratia marcescens
  • Citrobacter freundii
  • Providencia stuartii
  • Morganella morganii

cAmpCの主な特徴は、種によってAmpC遺伝子の発現レベルが異なることで、一部の抗菌薬によって発現が誘導され、抗菌薬へ耐性化を示す。
抗菌薬のcAmpC発現を誘導する性質と、誘導されたAmpCによって加水分解される性質から、以下の4つに区別できる。

1. 誘導性/不安定型β-ラクタム

例:アミノペニシリン系、第一世代セファロスポリン、セフォキシチン、セフォテタン
AmpCの発現を強く誘導し、抗菌薬自体は誘導されたAmpCで分解される性質をもつ。したがって通常これらの薬剤に耐性を示す。

2. 誘導性/安定型β-ラクタム

例:カルバペネム
AmpCの発現を強く誘導するが、抗菌薬自体は分解されない。外膜透過性を低下させるポリン改変がない限り、感性のまま。

3. 弱い誘導性/不安定型β-ラクタム

例:ウレイドペニシリン(例:ピペラシリン)、第3世代セファロスポリン、アズトレオナム
AmpC誘導能は弱いため、当初これらの抗菌薬に対して感受性を示すが、抗菌薬選択圧によりAmpC産生が誘導された株が選択された後に臨床的耐性となる。
したがって、このグループの抗菌薬はcAmpCの腸内細菌目に対してin vitro感受性があっても、使用は慎重に検討する。
ピペラシリン・タゾバクタムを例にすれば、ピペラシリンもタゾバクタムもAmpC誘導は弱いのでin vitro感受性は保持される場合がある。
AmpCはピペラシリンを加水分解し、タゾバクタムによっても阻害されないため、感受性の有無にかかわらず使用は慎重に検討すべきである。

4. 弱い誘導性/安定型β-ラクタム

例:セフピロム、セフェピム(第4世代セファロスポリン)
誘導能は弱く、かつAmpCが過剰に誘導された場合も、AmpC変種や別の耐性機構が存在しない限り、抗菌薬活性を保持する。


拡張スペクトルペニシリン(チカルシリン、チカルシリン-クラブラン酸、ピペラシリン、メズロシリン)、第3世代セファロスポリンに対する臨床的耐性化は、平均9日(範囲4〜18日)後の第3世代セファロスポリン治療後に発生する
Ann Intern Med. 1991 Oct 15;115(8):585-90.

ちなみにプラスミドAmpCはほぼ常に構成的に発現し、抑制されていないcAmpC(過剰産生型)と同様の耐性パターンと考えて良いようです。
例外として、BlaDHA-1遺伝子のようないくつかのプラスミドAmpC遺伝子は、cAmpC遺伝子と同様に発現が制御され、β-ラクタム薬によって誘導可能とのことでした。
Clin Microbiol Rev. 2009;22:161–82.


cAmpCの治療で、RCTなどの臨床的なデータは多くないのですが、有名なMERINO-2 trialは一応参考になります。
ピペラシリン・タゾバクタムは血流感染だと少し失敗率が高いかもしれない、とも読み取れますがNが少なすぎますね。
今後の追試が必要です。


Open Forum Infect Dis. 2021 Aug 2;8(8):ofab387.
  • Design: 多施設RCT、Open-label
  • P: Enterobacter spp、Klebsiella aerogenes、Serratia marcescens、Providencia spp、Morganella morganii、Citrobacter freundiiの血流感染。かつ、第3世代セファロスポリン、ピペラシリン・タゾバクタム、メロペネムに感受性あり
  • I: ピペラシリン・タゾバクタム4.5g q6h
  • C: メロペネム1g q8h
  • O: 30日死亡率、臨床的失敗(5日目での体温or白血球増加)、微生物学的失敗(3~5日目での指標菌検出)、30日時点での微生物学的再発、の複合エンドポイント

結果:

  • ピペラシリン・タゾバクタム群40名、メロペネム群39名が割り付けられた
  • 主要評価項目達成は、ピペラシリン・タゾバクタム群では38例中11例(29%)、メロペネム群は34例中7例(21%)、リスク差8%(95%CI -12%~28%)
  • 微生物学的失敗は、ピペラシリン・タゾバクタム群では38例中5例(13%)、メロペネム群では34例中0例(0%)だった。リスク差13%(95%CI、2%~24%)
  • 微生物学的再発は、ピペラシリン・タゾバクタム群0%、メロペネム群9%だった
  • 微量液体希釈法による感受性率は、ピペラシリン・タゾバクタムが96.5%、メロペネムが100%であった

結論:

  • AmpC産生菌による血流感染症に対するピペラシリン・タゾバクタムは、微生物学的再発は少なかったが,微生物学的失敗が多くなった


長くなりましたが、まとめると
  • 染色体性AmpCの腸内細菌目(ESCPM)に対しては、セフェピムかカルバペネムが鉄板
  • ピペラシリン、セフトリアキソンも感受性があれば、現場の判断で慎重に使っても良さそう
  • 血流感染はやめておいた方がいいかも(MERINO-2)

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