2023年8月25日金曜日

副鼻腔内石灰化の画像パターンによる真菌性と非真菌性の鑑別

ある症例:

62歳男性が、2日前から急性発症の右目の視力低下で来院した。右目の全方向の眼球運動障害があり、眼底には特記すべき所見がなく、眼窩先端症候群が疑われた。

頭部CT/MRIが実施され、石灰化を伴う蝶形骨洞炎が指摘された。真菌性副鼻腔炎を鑑別に挙げて抗真菌薬でエンピリック治療を行うことは妥当だろうか?



本題:

結論として上記症例は、真菌性副鼻腔炎の臨床像ではなく治療適応はないと判断したのですが、そもそも石灰化で真菌性の鑑別ができるということを聞いたことがなかったので、副鼻腔炎の画像診断の総説をいくつかを読んでみたところ、かなり勉強になったので備忘録的にサマライズしておきます。

眼科先端症候群は膠原病内科でも良く出会う疾患なので、真菌性副鼻腔炎の典型的な画像パターンを知っておくと、何かの役に立ちそうです(たぶんね)。


先に結論を書くと、

  • アスペルギルス副鼻腔炎は石灰化が高頻度だが、非真菌性も低頻度で石灰化は見られる
  • 真菌性の石灰化パターンは中心型、細粒状
  • 非真菌性の石灰化パターンは周辺型、円形・卵殻状
  • 結節状、線状の石灰化はどちらにも見られる



AJNR Am J Neuroradiol. 1999 Apr;20(4):571-4.

方法

  • 510名の副鼻腔手術を受けた慢性上顎洞炎の後ろ向きコホート
  • そのうち副鼻腔内石灰化を認めた36名のCT画像と病理を解析した
  • 原因微生物は手術的に採取された検体により診断された
  • 石灰化は、細粒状、線状、結節状、円形・卵殻状の4カテゴリーに分類
  • さらに上顎洞内の位置で、周辺型、中心型、混合型に分類

結果

  • 510名中、39名が真菌性、471名が非真菌性
  • 石灰化は、真菌性で20名 (51%)、非真菌性で16名 (3%) に認められた
  • 石灰化を認めた真菌性副鼻腔炎の全ての原因微生物はアスペルギルスだった
  • 真菌性の石灰化部位は95%が中心型、非真菌性では81%が周辺型だった



アスペルギルス副鼻腔炎における結節状(太矢印)と細粒状石灰化(細矢印)


アスペルギルス副鼻腔炎における線状石灰化(細矢印)


非真菌性副鼻腔炎の円形・卵殻状石灰化


病理との対比で、真菌性の石灰化は、菌糸の壊死領域内のリン酸カルシウムの沈着と考えられているようです。そのため壊死した中心部に位置し、初期には細粒状となるが、カルシウム沈着が進行すると密になった石灰化が線状あるいは結節状に見えるということのようです。


非真菌性の石灰化は、慢性炎症によって生じた萎縮性石灰化と考えられており(動脈硬化的な?)、このプロセスは副鼻腔の肥厚した粘膜層付近で起きることから、粘膜に該当する周辺部に位置し、それが密になると線状あるいは結節状に見えるということみたいです。


円形・卵殻状の石灰化は石灰沈着ではなく、病理学的には骨化のようで、やはりこれも慢性炎症に伴うものと考えて良いようです。


ちなみに石灰化はカルシウム塩の沈着骨化はハイドロキシアパタイトの沈着、とのことです(知らなかった)。


今回の症例の石灰化はキレイな卵殻状だったので、この点も非真菌性を示唆する所見とわかりました。


2023年8月18日金曜日

溶連菌感染後反応性関節炎(PSRA)の臨床的特徴

ある症例:

5日前からの発熱、4日前からの左下腿の発赤・腫脹・疼痛で来院。初診時に血圧80代とプレショック、全身の淡い紅斑が認められ、入院時の血液培養からG群溶連菌が発育した。ペニシリンG+クリンダマイシンで治療を行い、徐々に全身状態や下腿の蜂窩織炎は改善傾向となった。

入院4日目より右肘関節、両股関節、両膝関節、両足関節に関節痛を訴えるようになった。急性リウマチ熱(ARF:Acute rheumatic fever)を疑い、心エコーを行ったものの特記すべき所見は認められなかった。この患者の関節痛にどのように対処したら良いだろうか?



本題:

この症例は最終的にPSRAと診断しました。

PSRAの診断や治療については色々議論があるようですが、PSRAとARFの関係は、関節リウマチと回帰性リウマチ、未分化関節炎のような関係性と捉えれば理解しやすいかなと思いました。


まとめるとこんな感じですね。

  • Jones基準を満たさないARF様関節炎をPSRAと分類している
  • PSRAはペニシリンによる二次予防が不要か、1~2年程度でよいという意見がある
  • いずれにしても1~2年ごとに心エコーをフォローする



さて、PSRAについて知るにはARFの臨床像を知ることが不可欠ですので、まずARFについておさらいしておきます。

BMJの総説がよくまとまっているので、軽くサマライズして紹介します。


Acute rheumatic fever. BMJ. 2015 Jul 14;351:h3443.

  • A群溶連菌の咽頭炎は、宿主に異常な免疫・炎症反応を引き起こしうる。この反応の詳細は未解明ながら、連鎖球菌抗原の交差反応が関与していると考えられている。
    • 心筋炎では、活性化したモノクローナル自己抗体が弁内皮に T 細胞の浸潤を引き起こす
  • 急性リウマチ熱のほとんどが 5~15 歳の小児だが、若年成人に発症することもある。
  • 世界的に最も発症率が高いと報告されているのはオセアニア地域(ニュージーランド、オーストラリア)
  • A 群溶連菌に継続的にさらされている集団でも、急性リウマチを発症するのは最大で 6%にすぎない。
  • 診断は改定Jones基準(AHA 2015)に基づく(後述)
  • 臨床症状としては心筋炎(50~65%)、関節炎、舞踏病(15%)が重要
  • 関節炎の特徴は、大関節主体で、多くは多関節炎で移動性(流行地では単関節炎も稀ではない)、NSAIDが有効である
  • 急性期の治療はペニシリンG、再発の二次予防として10年程度のペニシリン長期投与を行う
  • 心筋炎に対するアスピリン、ステロイドは、少なくとも1年以内の予後を改善しない(SRで否定されている)


ということで、改定Jones基準を抑えておけば、ARFについてはほぼ理解できたと考えて良いですね。



改定Johnes基準:Circulation. 2015 May 19;131(20):1806-18.

  • 必須:A群溶連菌感染の証拠がある(培養での検出、ASOの上昇、溶連菌迅速抗原)
  • 初発ARF:大基準2つ or 大基準1つ+小基準2つ
  • 再発ARF:大基準2つ or 大基準1つ+小基準2つ or 小基準3つ
  • 大基準:心筋炎、多関節炎、舞踏病、有縁性紅斑、皮下結節
  • 小基準:他関節痛、心電図のPR間隔延長、炎症反応上昇、38.5度以上の発熱
    • 炎症反応は、ESR(1h) ≥60mm または CRP ≥3.0mg/dL


実はこれは低リスク集団の基準になっていて、流行地では以下のように、もっと緩い基準が適応されます。

Jones criteriaニュージーランドのガイドラインオーストラリアのガイドライン
低リスク中~高リスク
臨床的心筋炎MajorMajorMajorMajor
無症候性心筋炎(エコー)MajorMajorMajorMajor
多関節炎MajorMajorMajorMajor
単関節炎(無菌性)MajorMajorMajor
多関節痛MinorMajorMinorMajor
単関節痛MinorMinor
舞踏病MajorMajorMajorMajor
有縁性紅斑MajorMajorMajorMajor
皮下結節MajorMajorMajorMajor
PR間隔延長MinorMinorMinorMinor
炎症反応上昇MinorMinorMinorMinor
発熱MinorMinorMinorMinor

低リスク集団は、ARF発生率が学齢児童100,000人あたり2人以下、または全年齢のリウマチ性心疾患のある患者率が年間人口1,000人あたり1人以下、と定義されているようです。

日本のARF発生率は年間10~20例で、リウマチ性心疾患も1000人あたり1人以下みたいなので、低リスク集団と考えて良いみたいです(下図:Nat Rev Dis Primers. 2016 Jan 14;2:15084.)。



では前置きが長かったですが、PSRAはどういう疾患なのかについて。

PSRAはどのような経緯で生まれてきた疾患概念かというと、成人の溶連菌感染後の症状は、関節炎が心筋炎と比べて圧倒的に多いことから、これらはARFとは別の疾患として分類すべきではないか、という考え方のようです。


PSRAの臨床像:UpToDate

  • 溶連菌感染後の関節炎の中には、ARFではないものもあると推測する意見があり、この疾患はPSRAと呼ばれている。
  • PSRAが別の疾患であるという考え方の裏付けとして、以下の観察結果がある
    • 先行する溶連菌感染から遊走性関節炎の発症までの期間は1~2週間程度で、通常の古典的ARFで見られる2~3週間よりも短い
    • アスピリンなどのNSAIDの反応が、典型的なARFで見られる劇的な反応に比べて乏しい
    • 心筋炎は認められず、関節炎の重症度は極めて高い
    • 腱鞘炎や腎障害などの関節外症状をしばしば認める
    • ESR/CRPはARFに比べて低い傾向
  • 非典型的な臨床経過はARFの除外には不十分なので、Jones基準の大基準ではない関節炎でも、2つの小基準がある場合、特に小児ではARFと考えなければならない
  • PSRAを、二次予防を必要とするARFの前駆症状とみなす意見もあるが、予防を必要としない良性の疾患であると主張する研究者もいる



PSRAの臨床像については、Rheumatologyにめちゃくちゃ良い論文があります。


Rheumatology (Oxford). 2004 Aug;43(8):949-54.

  • 188件のPSRAの後方視的記述研究
  • PSRAはA群が多いが(83%)、C/G群も結構ある(14%)
  • (成人の)関節炎の分布特徴は、非移動性(81%)、対称性(51%)、腫脹関節数はOligo~Poly(それぞれ35%, 46%)
  • 部位は下肢の大関節に多い(下図)

  • 頻度としては稀だが(数%)、内転筋付着部炎、左足背腱鞘炎、手掌屈筋腱炎、腓骨腱炎、アキレス腱炎などの報告もある
  • 関節炎の発症時期は咽頭炎の7~10日後で、関節炎は数週間持続し軽快する
  • PSRAの年齢分布は8~14才と21~37才の二峰性であり、急性リウマチ熱(12才前後の単峰性)や反応性関節炎(27~34才の単峰性)とは対象的である


今回の症例も、下肢の大関節で、発症時期・年齢もバッチリですね!



Curr Rheumatol Rep. 2021 Feb 10;23(3):19.

  • 提案された分類基準がいくつか比較されているが、溶連菌感染からの発症が10日以内である点が重要視されている
  • 反応性関節炎ではHLA-B27の頻度が高いが、PSRAでは高くない
  • NSAIDやサリチル酸が聞きにくいのも(ARFとの比較で)特徴と捉えられており、スルファサラジンのように免疫修飾的なDMARD使用の報告もちらほらある

古典的な反応性関節炎とは違う病態と考えられるようです。
治療についてはNSAIDが効きにくく、免疫原性の関節炎なので、むしろRAに準じた治療の方が効果があると理解して良いのかもしれません。


Perm J. 2019;23:18.304.

・PSRAは、ARF関節炎と臨床的な区別が困難な場合があるが、予後や治療に違いがあるため注意深く診断する必要がある

・PSRAは原則として心臓合併症を認めない

・ARFの心筋炎は50~70%で、1年以降に発症すること極めて稀である

・PSRAにおける心臓弁膜症(MR/AR/左室拡大)の症例報告では、ペニシリンによる二次予防を再開し、12か月後の心エコーで所見がほぼ消失していた

・心筋炎が遅れて発症することを考慮して、少なくとも1年間は心エコーでの追跡を行い、ペニシリンの二次予防を1年間は継続することを推奨する



PSRAをARFと別疾患と定義することは、二次予防が必要かどうか(もしくは治療期間)の違いが最も重要な点と考えて良いと思います。

なお、AHAとAAP(米国小児科学会)の推奨では、PSRAで二次予防を1年間することについては懐疑的な記載になっています。


Circulation. 2009 Mar 24;119(11):1541-51.

  • PSRAが疑われる低リスクグループ患者に、一部の専門家は最長1年間の予防を受けることを推奨していますが、その有効性は十分に確立されていません
  • PSRAの患者では1年間は心筋炎の兆候がないか注意深く経過観察し、1年後に弁膜症が認められた場合は、ペニシリンによる二次予防を継続する必要があり、関節炎はARFであったと推定できるかもしれない
  • 1年後に弁膜症の所見がなければ、二次予防を中止できる


1年間の予防は推奨していないが、1年後の中止するプロトコルについては記載しているので、実際にはやっている臨床医も多いということだと思います。


冒頭の症例に戻って、その後の経過をお示しするとこんな感じです。

多関節痛は徐々に関節炎の所見が明瞭となった。NSAIDで対処していたが症状は2週間以上持続したため、PSRAと診断し、ペニシリンの予防内服を行う方針とした。NSAIDである程度コントロールは可能となったが、今後はサラゾピリンなどのcsDMARDの使用も考慮に入れつつ、外来で心臓合併症のフォローを行う方針とした。



2023年8月4日金曜日

偽痛風関節炎の関節分布

院内発熱+股関節痛で、CTでは石灰化が見えないけれど、関節エコーで石灰化が認められ、偽痛風と診断できたという症例がありました。

股関節の偽痛風はレアだと思っていたのですが、調べてみたら意外と多いようです。



Arthritis Care Res (Hoboken). 2019 Dec;71(12):1671-1677.

  • 関節液でCPPD結晶を証明した偽痛風において、エコー、レントゲンの検査特性を比較(N=50)
  • 罹患関節の分布
    • Knee 47 (94.0%)
    • Hip joint 14 (28.0%)
    • Radiocarpal joint 6 (12.0%)
    • Ankle 5 (10.0%)
    • Shoulder 4 (8.0%)
    • Elbow 2 (4.0%)


  • 股関節におけるUSとXPの感度・特異度
    • US 感度90% (95%CI: 78-97%) 特異度85% (95%CI: 70-94%)  
    • XP 感度86% (95%CI: 73-94%) 特異度90% (95%CI: 76-97%)


  • Disease control (N=40) を含むXPとUSの石灰化検出の一致率
    • US(+) XP(+) 32.8%
    • US(+) XP(-) 12.2%
    • US(-) XP(+) 10.0%
    • US(-) XP(-) 45.0%


レントゲンとエコーは案外一致しないものなので注意が必要ですね。


2023年7月28日金曜日

チゲサイクリンの嘔気の対処法

今回はめちゃくちゃマニアックな記事ですね。興味ない方はすみません。読み飛ばしてください。刺さる人には刺さる(はず)


ある症例:

東南アジアに居住歴があるM. abscessusによる蜂窩織炎の50代女性。薬剤感受性はクラリスロマイシンは誘導体性がなくSであったが、イミペネムがI、ドキシサイクリン、モキシフロキサシン、ST合剤のいずれもRであった。

クラリスロマイシン+アミカシン+イミペネム+チゲサイクリンで治療を開始したところ、翌日から嘔気・嘔吐が出現した。

チゲサイクリンによる嘔気と思われる経過だが、薬剤変更の選択肢が乏しい中でチゲサイクリンを中止せざるを得ないのだろうか?



本題:

この症例は、代替薬はリネゾリドやクロファジミンなど、あるにはありますが、選択肢が少ない中で大事に使いたい薬剤なので、チゲサイクリンの嘔気への対処法について少し調べてみました。


チゲサイクリンの論文は古いものしか出てこないのですが、嘔気の対処について書かれたよさげなレビューと忍容性試験を見つけました。


Clin Infect Dis. 2006 Aug 15;43(4):518-24.

  • チゲサイクリンの最も高頻度である副作用は嘔気、嘔吐
  • 嘔気、嘔吐は用量依存性であり、薬物注入速度を遅くしても軽減されない
  • 制吐薬の投与でチゲサイクリンの忍容性は改善する
  • 嘔気は通常、最初の 1~2日間で発生し、ほとんどの患者では一過性である
  • チゲサイクリンの中止率は5%で、嘔気 (1.3%) と嘔吐 (1.0%) に関連したものが最多


Antimicrob Agents Chemother. 2005 Jan;49(1):220-9.

  • 単回投与でプラセボと比較した健常人の忍容性試験
  • 投与時間はむしろ60分より30分の方が嘔気が少ない
  • 食後に投与すると嘔気が軽減する
  • チゲサイクリンが胆汁から排泄され、消化管を刺激する機序が推定されている


ということで、対処法をまとめると以下。

  • 投与時間は30分の方が良い(消化管の通過時間の問題?)
  • 投与前に何か食べ物を摂取していただく
  • 制吐剤はもちろん使ってもらう
  • 一過性の症状である可能性も高いので、もう少しだけ我慢してもらうよう励ます


2023年7月21日金曜日

化膿性仙腸関節炎

ある事例:

16歳の男子高校生、2か月前から続く左腰部~臀部の痛みで来院した。MRIでは左の仙腸関節炎が認められ、精査目的に入院となった。入院してみると微熱があり、入院時の血液培養1/2セットからMSSAが発育した。


本題:

我々リウマチ医にとって仙腸関節炎といえば、もっぱら強直性脊椎炎や乾癬性関節炎などの脊椎関節炎なわけですが、感染症内科的には黄色ブドウ球菌の関節炎がCommon presentationです。

リウマチ医にも相談が来る(かもしれない)黄色ブドウ球菌の仙腸関節炎の特徴について基本的なレビューを元に概要をまとめてみました。


先に重要な点をまとめると、

  • 化膿性仙腸関節炎は小児を含む若年者、男性、左側に多い
  • 起因菌は半分以上がMSSA
  • 画像検査では、XP/CTの感度が低く、MRIで診断する
  • 外科デブリされている症例はあまり多くない



Pediatrics (1980) 66 (3): 375–379.

  • 小児のコホートでは、Septic arthritisの1~2%が仙腸関節炎
  • 男児に多く、3分の2が亜急性に発症する
  • 殆どの場合、X線所見は永続的に残るが、適切に管理した場合の生命予後は良好である


Rheumatology (Oxford). 2007 Nov;46(11):1684-7.

  • 仙腸関節炎の小児11例と成人22例のケースシリーズ
  • 小児では免疫不全を背景に発症する例は少ない(9.1% vs 31.8%)
  • CTの陽性率は36.4%、MRIは84.6%、骨シンチは93.3%
  • 治療は静注2~6週後に、2~3週の経口抗菌薬が実施されていた
  • 外科的デブリは9.1%で行われていた
  • 後遺症として5名の慢性股関節痛、4名の歩行異常、1名の下肢衰弱、1名の神経根障害があり、小児と成人での発症率の差はなかった


BMC Infect Dis. 2012 Nov 15;12:305.

  • 39名の感染性仙腸関節炎のコホート
  • 微生物は16例が関節穿刺、14例が血液培養、2例が尿の細菌学的検査、1例が腰筋穿刺で同定された
  • MSSAが16/33で最多、CNSが5/33、連鎖球菌が5/33、緑膿菌が3/33であった
  • 平均年齢は39.7歳、全例が片側性で左が優位だった(59%)
  • 臨床症状は、腰痛92%、発熱44%、乾癬5%、股関節痛3%
  • 仙腸関節X線は39.4%が正常、CTは48%で仙腸関節炎を同定、29.6%で腰筋膿瘍を同定、22.2%が正常。MRIの陽性率は92.5%だった



原則血流感染によって起きる疾患ですが、鍼治療による直達性の症例報告もあります。

化膿性関節炎が10万人に2~5人ということなので、その1~2%が仙腸関節炎ということだと、少なくともすごく多い疾患ではないですね。

とはいえ、これだと100万人に1人もいない?となって若干少なすぎる気もしますが・・・


治療期間は報告によってバラバラですが、4週間くらいが妥当というところでしょうか。

小児の急性化膿性骨髄炎の治療期間が短いために、報告もばらついているのだと思われます。


なお、仙腸関節症の検出に最も良い身体診察は、パトリックテストと大腿スラスト試験の組み合わせということです("化膿性"仙腸関節炎に限らない)

J Chiropr Med. 2021 Jun;20(2):95.

Adv Orthop.2022 Dec 28;2022:3283296.


大腿スラスト試験(Thigh thrust test):https://rehabilitation01.com/216/

パトリックテスト(Faber test):https://rehabilitation01.com/225/


2023年7月14日金曜日

Corynebacteriumに対するダプトマイシン曝露により、高度耐性株が選択される現象

感受性の分からないコリネバクテリウムにダプトマイシンは使いにくい、という話。


ダプトマイシンのMICがやや高いCorynebacteriumはしばしば目にしますが、そこまでよくあることでもないので、実際どのくらいなのか気になって調べてみました。


以下のようにダプトマイシン耐性株の症例報告はちょこちょこ引っかかります。

NVE:Antimicrob Agents Chemother. 2012 Jun;56(6):3461-4.

HSCT後の菌血症:J Clin Microbiol. 2009 Jul;47(7):2328-31. 

PJI:BMC Infect Dis. 2022 Mar 26;22(1):290.


Antimicrob Agents Chemother. 2003 Jan;47(1):337-41.

これは米国のサンプルサイズのやや大きい研究ですが、29/31 (94%) がダプトマイシンに感受性あり、ということでした。


Rev Inst Med Trop Sao Paulo. 2021 Jun 18;63:e49.

ブラジルの報告、1/10 (90%) が感受性あり。


Clin Microbiol Rev. 2013 Oct;26(4):759-80. 

CMRのレビュー。コリネのダプトマイシンの耐性について、「めったに観察されないことだが、高レベルのダプトマイシン耐性は、ダプトマイシン療法の副次的効果の可能性がある」と書かれています。


Antimicrob Agents Chemother. 2017 Oct 24;61(11):e01111-17.

J Infect Chemother. 2019 Nov;25(11):906-908.

ダプトマイシンの投与歴がある症例で高度耐性株が誘導された、という報告が複数あります(JICは阪大からの報告)。

上のAACでは感受性のある株にダプトマイシンを24時間曝露すると、全て耐性株となったというin vitroのデータが示されています。

バンコマイシン、テイコプラニンではこういうことはないようです。



ということで、まとめると、

  • 何の曝露もない状態だと、Corynebacteriumのダプトマイシン感受性率は90%以上
  • ダプトマイシンの曝露後に、急速に高度耐性株が選択されることがある



ダプトマイシン投与中や投与歴のある場合は、MICの動向に注意が必要なようです。

どうしても長期投与が必要になる骨髄炎、IE、PJIなどでは気をつけたいですね。


2023年7月7日金曜日

抗菌薬による薬剤性腎障害は、類似薬に交差性があるか?


ある症例:

腹腔内膿瘍に対してセフェピム+メトロニダゾールで治療していた患者さんが、治療開始12日目にCrが0.8から1.3に上昇、14日目の再検で1.9とさらに上昇しました。

セフェピムによる腎障害を疑い、セフェピムは中止。

代替薬を選択するにあたり、もちろんキノロンやST合剤は選択肢に上がりますが、他のβラクタム薬は選択肢に入れて良いのでしょうか?(類似薬は交差するのでしょうか?)



本題:


Int J Mol Sci.2021 Jun; 22(11): 6109.

まず、薬剤性腎障害のメカニズムですが、主に以下の3通りになります。


  1. 急性尿細管壊死 (ATN):アミノグリコシド、アムホテリシンB、テノホビル、シドフォビル、シスプラチン
  2. 尿細管分泌による閉塞:メトトレキサート、アシクロビル、スルファジアジン、シプロフロキサシン
  3. 急性尿細管間質性腎炎 (ATIN):PPI、NSAID、免疫チェックポイント阻害剤、βラクタム、ST合剤


ATNは細胞内蓄積によるので用量依存性、原則として緩徐進行です。

対策は補液。


尿細管分泌は薬剤の尿細管タンパクとの反応で結晶化や円柱による尿細管閉塞性の障害が起きます。

対策は結晶化を抑制する尿pH管理です(適正値は薬剤による)


ATINはハプテンや遅延型IV型アレルギーが関与する免疫原性であり、抗原提示されて免疫反応が起きる過程なので10日以内の急性に起こります。

予防はありませんが、早期にはステロイド治療が有効です。


余談になりますが、バンコマイシンは3つのメカニズム全てが関与していて複雑のようです。補液をしても予防できず、テイコプラニンと交差したりしなかったりするのはこのせいですね。納得。


閑話休題。


ということで交差するかどうかを考えなければならない薬剤性腎障害はATINのみなのですが、先にβラクタム薬の側鎖推定の考え方についておさらいしておきます。


Lancet. 2019 Jan 12;393(10167):183-198

こちらは薬剤アレルギー全般の考え方が述べられている総説です。

βラクタムの薬剤アレルギーが交差するかどうかは、主にペニシリン、セファロスポリンの側鎖(R1)が関係しています。

各クラス間の交差率は以下の図の通りで、R1側鎖で大きく5つのグループに分かれます。

  • ペニシリンと第一世代セファロスポリンの一部
  • 第一世代と第二世代セファロスポリン
  • 第三世代と第四世代セファロスポリン
  • カルバペネム系
  • モノバクタム系


メカニズムを考えれば皮膚で起きていることが腎臓で起きているだけなので、薬疹と同じ考え方(側鎖推定)をしても問題ないと理解して良さそうですが、そもそもATINが交差性の薬剤で反応するのかデータ不足なのと、理論上の死亡リスクがあることからリスクベネフィットバランスが取れていないのではないかという意見でした。

この総説ではATIN(論文中ではAINと表記されている)は臓器障害なので重篤な病変と考え、側鎖のみの交差性では選ばず、βラクタム全般を避ける安全マージンを取った意見になっています(下図)。


側鎖推定をする場合は専門家に相談してね、と書いてあるので絶対に使ってはダメということではないです。もちろん既往有害事象の程度の問題もあるでしょう。



Adv Chronic Kidney Dis. 2017 Mar;24(2):64-71.

もう1個総説を読んでみます。薬剤性間質性腎炎の総説で、ATINを交差性で考えてよいかについて書かれた部分が少しだけありました。


以下、該当部分を和訳抜粋。

モノバクタム系を除くすべてのβ-ラクタム系抗菌薬は、5員環または6員環で構成されている。モノバクタム系にペニシリン系との交差反応性が報告されておらず、ATINの原因として報告されていないのは、このためである。

ペニシリンアレルギーの患者におけるセファロスポリンとの交差反応は12%と推定されているが、この注意は主にI型反応に対してであり、ATINのようなIV型反応に対しては推測に過ぎない。



冒頭の症例の結論:

今回の腎障害がセフェピムによるATINと考えると、安全マージンを取れば、βラクタムで使ってよいのはアズトレオナム(モノバクタム系)のみ。

ペニシリン系、1,2世代セファロスポリン、カルバペネムは2%未満のごく低確率での交差性は推定されるので、必要性が高い場合は専門家に相談の上で使用を考慮する。


2023年6月30日金曜日

βDグルカンの診断能と偽陽性の原因について


今回の記事は研修医、レジデント向けです。


ある事例:

カンジダ血症の治療後に測ったβDGが更に上昇していたので、ミカファンギンを開始され、コンサルトになった膠原病患者さん。

血培は陰性、発熱も症状も一切なくお元気そうで、バイタルも安定しています。

「どう見ても菌血症や侵襲性真菌症とは思えないが・・・」

では原因は何なのでしょう?



本題:

βDグルカンは、そもそも陰性的中率が高く、陽性的中率は低めという特性があるので、診断ではなく除外に使うべきというのが一般的な理解です。


Open Forum Infect Dis. 2020 Feb 12;7(3):ofaa048.

  • 糸状菌予防投与を受けている血液内科患者の侵襲性真菌症(IFI)をレトロスペクティブに検討した
  • 造血幹細胞移植101例 (49.8%)、寛解導入化学療法89例 (43.8%)、GVHD13例 (6.4%)を解析
  • 評価可能な141例のうち、probable/proven IFIは8例 (5.7%)
  • βDGは真の陽性4 (2.8%)、真の陰性112 (79.4%)、偽陽性21 (14.9%)、偽陰性4 (2.8%)
  • 診断とサーベイランスの場面での陽性適中率はそれぞれ26.7%、0%だった
  • 結論:βDグルカンは、診断のためではなく除外のために使用すべきである


Open Med (Wars). 2018 Sep 8;13:329-337.

  •  メタ解析を行い、β-Dグルカンの侵襲性真菌感染症バイオマーカーとしての診断能を評価した
  • 37の関連する研究が包括基準を満たした
  • 感度0.83 (95%CI 0.38-0.61)、特異度0.81 (95%CI 0.80-0.82)、陽性尤度比5.13 (95%CI 3.98-6.62)、陰性尤度比0.23 (95%CI 0.18-0.30) であった



では、どのような場面で偽陽性になるのかというと、こんなレビューがあります。


J Fungi (Basel). 2020 Dec 29;7(1):14.

  • βDグルカンのレビュー。偽陽性の原因について解説されている
  • IVIgや血清アルブミンなどの血液分画製剤が、セルロース系のデプスフィルターで濾過する際に、植物性βDGが溶出し、偽陽性を起こしうる
  • このような製剤混入によるβDG上昇は、比較的速やかに低下する


  • 他の偽陽性の原因として、スポンジ・ガーゼなどの手術材料の使用、抗菌薬へのβDG混入、抗腫瘍薬のアジュバントへのβDG混入、
  • 腸管細胞障害・粘膜炎(その原因や結果となりうる広範囲熱傷、透析時低血圧、腸球菌血症を含む)、キノコなど菌糸体を多く含む食品の摂取、等がある
  • 腸球菌以外にも、ノカルジア、緑膿菌、肺炎球菌の菌血症で高値となる報告がある
  • 再生セルロースの透析膜による偽陽性は、最近ではβDGを溶出しない合成膜に置き換えられているため、可能性は低くなっている


βDG偽陽性が疑われる場合の検討すべき事項

  1. 医療品関連の偽陽性
    1. IVIg の点滴を受けたことがあるか。
    2. ヒト血清アルブミンの輸液を受けたことがあるか?
    3. TPNを受けたことがあるか?
    4. 過去4日以内に侵襲的な手術を受けたことがあるか?
    5. ガーゼや手術用スポンジを留置しているか?
    6. その他の侵襲的なセルロース製医療機器を使用しているか?
  2. 病状に関連した誤検出
    1. 重度の粘膜炎または腸炎を示す証拠があるか?
    2. 血液透析を受けているか?
    3. 侵襲性ノカルジア症があるか?
    4. 腸管虚血や低酸素症が疑われないか?
    5. ニューモシスチスは除外されているか?


βDGは非特異的マーカーなので、真菌感染症でも診断の基本は培養・病理であり、EORTC/MSG基準がゴールドスタンダードです。


EORTC/MSG基準

Clin Infect Dis. 2020 Sep 12;71(6):1367-1376.


マーカーだけで診断せざるを得ない場面はありますが、微生物同定の試みを一切しないのは問題です。


1,3-βDGは真菌の細胞壁の成分なので、これがあまり含まれない病原体は上がりにくいようです。

カンジダ、アスペルギルス、ニューモシスチスでは上がる

クリプトコッカス、ムーコルでは上がらないというのが有名(もちろん例外はある)

クリプトコッカスの細胞壁成分は主に1,6-βDGだそうです。


ノカルジアでβDGが高くなる報告が散見されており、治療が全く違う病原体なので要注意です。

BMC Infect Dis. 2017 Apr 13;17(1):272.

Int J Infect Dis. 2017 Jan;54:15-17.

Diagn Microbiol Infect Dis. 2015 Feb;81(2):94-5


非特異的マーカーであることを理解してないと、不適切にβDGを使いがちです。半分くらいは不適切なオーダーだという研究があります。


Open Forum Infect Dis. 2018 Aug 9;5(9):ofy195.

  • 334名の入院患者が少なくとも1回のBDG検査を受け、49% (165/334) の患者で不適切検査と判定された
  • 真の陽性:合計27例(Candidemia 6例、IPA 14例、ムーコル症 2例、クリプトコッカス症 2例、ブラストマイセス 1例,PCP 4例)
  • 血清学的、微生物学的、病理学的に真菌感染を支持するデータが得られなかった陽性患者は39例で,このほとんど(n=34)で偽陽性の原因が同定された
  • 5名が真菌感染の証拠がないBDG陽性に対して,39日間の不必要な抗真菌療法が行われた
  • ほとんどの参加者(40/47)は,BDG が偽陽性であった原因を特定することができなかった



さて、冒頭の症例は、あまりこの偽陽性の項目のなかに該当するものはなさそうです。カンジダ血症後にどのくらいβDG高値が続くのでしょうか。


Clin Vaccine Immunol. 2011 Mar;18(3):518-9.

  • 血液培養によるカンジダ陽性、その後に血液培養陰性化が得られた造血幹細胞移植患者6名における、βDグルカンの経時的測定の報告
  • βDG陽性は血培陰性化後も長期間持続した(中央値48日、範囲は17~102日)

 


ということで、この症例は「カンジダ血症後の高値持続」の可能性が最も高いのではないかと考えられます。

βDGは用法用量を守って正しく使いましょう!