2023年7月7日金曜日

抗菌薬による薬剤性腎障害は、類似薬に交差性があるか?


ある症例:

腹腔内膿瘍に対してセフェピム+メトロニダゾールで治療していた患者さんが、治療開始12日目にCrが0.8から1.3に上昇、14日目の再検で1.9とさらに上昇しました。

セフェピムによる腎障害を疑い、セフェピムは中止。

代替薬を選択するにあたり、もちろんキノロンやST合剤は選択肢に上がりますが、他のβラクタム薬は選択肢に入れて良いのでしょうか?(類似薬は交差するのでしょうか?)



本題:


Int J Mol Sci.2021 Jun; 22(11): 6109.

まず、薬剤性腎障害のメカニズムですが、主に以下の3通りになります。


  1. 急性尿細管壊死 (ATN):アミノグリコシド、アムホテリシンB、テノホビル、シドフォビル、シスプラチン
  2. 尿細管分泌による閉塞:メトトレキサート、アシクロビル、スルファジアジン、シプロフロキサシン
  3. 急性尿細管間質性腎炎 (ATIN):PPI、NSAID、免疫チェックポイント阻害剤、βラクタム、ST合剤


ATNは細胞内蓄積によるので用量依存性、原則として緩徐進行です。

対策は補液。


尿細管分泌は薬剤の尿細管タンパクとの反応で結晶化や円柱による尿細管閉塞性の障害が起きます。

対策は結晶化を抑制する尿pH管理です(適正値は薬剤による)


ATINはハプテンや遅延型IV型アレルギーが関与する免疫原性であり、抗原提示されて免疫反応が起きる過程なので10日以内の急性に起こります。

予防はありませんが、早期にはステロイド治療が有効です。


余談になりますが、バンコマイシンは3つのメカニズム全てが関与していて複雑のようです。補液をしても予防できず、テイコプラニンと交差したりしなかったりするのはこのせいですね。納得。


閑話休題。


ということで交差するかどうかを考えなければならない薬剤性腎障害はATINのみなのですが、先にβラクタム薬の側鎖推定の考え方についておさらいしておきます。


Lancet. 2019 Jan 12;393(10167):183-198

こちらは薬剤アレルギー全般の考え方が述べられている総説です。

βラクタムの薬剤アレルギーが交差するかどうかは、主にペニシリン、セファロスポリンの側鎖(R1)が関係しています。

各クラス間の交差率は以下の図の通りで、R1側鎖で大きく5つのグループに分かれます。

  • ペニシリンと第一世代セファロスポリンの一部
  • 第一世代と第二世代セファロスポリン
  • 第三世代と第四世代セファロスポリン
  • カルバペネム系
  • モノバクタム系


メカニズムを考えれば皮膚で起きていることが腎臓で起きているだけなので、薬疹と同じ考え方(側鎖推定)をしても問題ないと理解して良さそうですが、そもそもATINが交差性の薬剤で反応するのかデータ不足なのと、理論上の死亡リスクがあることからリスクベネフィットバランスが取れていないのではないかという意見でした。

この総説ではATIN(論文中ではAINと表記されている)は臓器障害なので重篤な病変と考え、側鎖のみの交差性では選ばず、βラクタム全般を避ける安全マージンを取った意見になっています(下図)。


側鎖推定をする場合は専門家に相談してね、と書いてあるので絶対に使ってはダメということではないです。もちろん既往有害事象の程度の問題もあるでしょう。



Adv Chronic Kidney Dis. 2017 Mar;24(2):64-71.

もう1個総説を読んでみます。薬剤性間質性腎炎の総説で、ATINを交差性で考えてよいかについて書かれた部分が少しだけありました。


以下、該当部分を和訳抜粋。

モノバクタム系を除くすべてのβ-ラクタム系抗菌薬は、5員環または6員環で構成されている。モノバクタム系にペニシリン系との交差反応性が報告されておらず、ATINの原因として報告されていないのは、このためである。

ペニシリンアレルギーの患者におけるセファロスポリンとの交差反応は12%と推定されているが、この注意は主にI型反応に対してであり、ATINのようなIV型反応に対しては推測に過ぎない。



冒頭の症例の結論:

今回の腎障害がセフェピムによるATINと考えると、安全マージンを取れば、βラクタムで使ってよいのはアズトレオナム(モノバクタム系)のみ。

ペニシリン系、1,2世代セファロスポリン、カルバペネムは2%未満のごく低確率での交差性は推定されるので、必要性が高い場合は専門家に相談の上で使用を考慮する。


2023年6月30日金曜日

βDグルカンの診断能と偽陽性の原因について


今回の記事は研修医、レジデント向けです。


ある事例:

カンジダ血症の治療後に測ったβDGが更に上昇していたので、ミカファンギンを開始され、コンサルトになった膠原病患者さん。

血培は陰性、発熱も症状も一切なくお元気そうで、バイタルも安定しています。

「どう見ても菌血症や侵襲性真菌症とは思えないが・・・」

では原因は何なのでしょう?



本題:

βDグルカンは、そもそも陰性的中率が高く、陽性的中率は低めという特性があるので、診断ではなく除外に使うべきというのが一般的な理解です。


Open Forum Infect Dis. 2020 Feb 12;7(3):ofaa048.

  • 糸状菌予防投与を受けている血液内科患者の侵襲性真菌症(IFI)をレトロスペクティブに検討した
  • 造血幹細胞移植101例 (49.8%)、寛解導入化学療法89例 (43.8%)、GVHD13例 (6.4%)を解析
  • 評価可能な141例のうち、probable/proven IFIは8例 (5.7%)
  • βDGは真の陽性4 (2.8%)、真の陰性112 (79.4%)、偽陽性21 (14.9%)、偽陰性4 (2.8%)
  • 診断とサーベイランスの場面での陽性適中率はそれぞれ26.7%、0%だった
  • 結論:βDグルカンは、診断のためではなく除外のために使用すべきである


Open Med (Wars). 2018 Sep 8;13:329-337.

  •  メタ解析を行い、β-Dグルカンの侵襲性真菌感染症バイオマーカーとしての診断能を評価した
  • 37の関連する研究が包括基準を満たした
  • 感度0.83 (95%CI 0.38-0.61)、特異度0.81 (95%CI 0.80-0.82)、陽性尤度比5.13 (95%CI 3.98-6.62)、陰性尤度比0.23 (95%CI 0.18-0.30) であった



では、どのような場面で偽陽性になるのかというと、こんなレビューがあります。


J Fungi (Basel). 2020 Dec 29;7(1):14.

  • βDグルカンのレビュー。偽陽性の原因について解説されている
  • IVIgや血清アルブミンなどの血液分画製剤が、セルロース系のデプスフィルターで濾過する際に、植物性βDGが溶出し、偽陽性を起こしうる
  • このような製剤混入によるβDG上昇は、比較的速やかに低下する


  • 他の偽陽性の原因として、スポンジ・ガーゼなどの手術材料の使用、抗菌薬へのβDG混入、抗腫瘍薬のアジュバントへのβDG混入、
  • 腸管細胞障害・粘膜炎(その原因や結果となりうる広範囲熱傷、透析時低血圧、腸球菌血症を含む)、キノコなど菌糸体を多く含む食品の摂取、等がある
  • 腸球菌以外にも、ノカルジア、緑膿菌、肺炎球菌の菌血症で高値となる報告がある
  • 再生セルロースの透析膜による偽陽性は、最近ではβDGを溶出しない合成膜に置き換えられているため、可能性は低くなっている


βDG偽陽性が疑われる場合の検討すべき事項

  1. 医療品関連の偽陽性
    1. IVIg の点滴を受けたことがあるか。
    2. ヒト血清アルブミンの輸液を受けたことがあるか?
    3. TPNを受けたことがあるか?
    4. 過去4日以内に侵襲的な手術を受けたことがあるか?
    5. ガーゼや手術用スポンジを留置しているか?
    6. その他の侵襲的なセルロース製医療機器を使用しているか?
  2. 病状に関連した誤検出
    1. 重度の粘膜炎または腸炎を示す証拠があるか?
    2. 血液透析を受けているか?
    3. 侵襲性ノカルジア症があるか?
    4. 腸管虚血や低酸素症が疑われないか?
    5. ニューモシスチスは除外されているか?


βDGは非特異的マーカーなので、真菌感染症でも診断の基本は培養・病理であり、EORTC/MSG基準がゴールドスタンダードです。


EORTC/MSG基準

Clin Infect Dis. 2020 Sep 12;71(6):1367-1376.


マーカーだけで診断せざるを得ない場面はありますが、微生物同定の試みを一切しないのは問題です。


1,3-βDGは真菌の細胞壁の成分なので、これがあまり含まれない病原体は上がりにくいようです。

カンジダ、アスペルギルス、ニューモシスチスでは上がる

クリプトコッカス、ムーコルでは上がらないというのが有名(もちろん例外はある)

クリプトコッカスの細胞壁成分は主に1,6-βDGだそうです。


ノカルジアでβDGが高くなる報告が散見されており、治療が全く違う病原体なので要注意です。

BMC Infect Dis. 2017 Apr 13;17(1):272.

Int J Infect Dis. 2017 Jan;54:15-17.

Diagn Microbiol Infect Dis. 2015 Feb;81(2):94-5


非特異的マーカーであることを理解してないと、不適切にβDGを使いがちです。半分くらいは不適切なオーダーだという研究があります。


Open Forum Infect Dis. 2018 Aug 9;5(9):ofy195.

  • 334名の入院患者が少なくとも1回のBDG検査を受け、49% (165/334) の患者で不適切検査と判定された
  • 真の陽性:合計27例(Candidemia 6例、IPA 14例、ムーコル症 2例、クリプトコッカス症 2例、ブラストマイセス 1例,PCP 4例)
  • 血清学的、微生物学的、病理学的に真菌感染を支持するデータが得られなかった陽性患者は39例で,このほとんど(n=34)で偽陽性の原因が同定された
  • 5名が真菌感染の証拠がないBDG陽性に対して,39日間の不必要な抗真菌療法が行われた
  • ほとんどの参加者(40/47)は,BDG が偽陽性であった原因を特定することができなかった



さて、冒頭の症例は、あまりこの偽陽性の項目のなかに該当するものはなさそうです。カンジダ血症後にどのくらいβDG高値が続くのでしょうか。


Clin Vaccine Immunol. 2011 Mar;18(3):518-9.

  • 血液培養によるカンジダ陽性、その後に血液培養陰性化が得られた造血幹細胞移植患者6名における、βDグルカンの経時的測定の報告
  • βDG陽性は血培陰性化後も長期間持続した(中央値48日、範囲は17~102日)

 


ということで、この症例は「カンジダ血症後の高値持続」の可能性が最も高いのではないかと考えられます。

βDGは用法用量を守って正しく使いましょう!


2022年11月10日木曜日

EULAR推奨2022:自己免疫疾患における日和見感染スクリーニングと予防

 欧州リウマチ学会(EULAR)から自己免疫疾患の日和見感染予防とスクリーニングの推奨が出ました。日本の論文がたくさん引用されており、何だか嬉しいですね。


内容的には日本の生物学的製剤のガイドラインに準じた内容なので、あまり大きくプラクティスが変わることは書いてないのですが、個人的に驚いたところは、

  • なぜかHIVスクリーニングを推奨している
  • ハイリスク例のLTBIの定期スクリーニング(なるほど・・・!)
  • RAのPCP予防についてたくさん引用している割に推奨していない(残念)



2022 EULAR recommendations for screening and prophylaxis of chronic and opportunistic infections in adults with autoimmune inflammatory rheumatic diseases.

Ann Rheum Dis 2022 [Epub 03 November]

doi: 10.1136/ard-2022-223335


包括的原則

  • (A) csDMARDs、tsDMARDs、bDMARDs、免疫抑制剤、ステロイドによる治療の前に、すべてのAIIRD患者と検討・協議し、慢性及び日和見感染リスクを定期的に評価すべきである。
  • (B) リウマチ専門医と感染症専門医、消化器専門医、肝臓専門医、呼吸器専門医など、他の専門医との連携は重要である。
  • (C) 慢性及び日和見感染のスクリーニングと予防を決める際は、個々の危険因子を考慮し、定期的に再評価すべきである。
  • (D) 流行性感染症に関する国・地域レベルの要因のうち、国内ガイドライン・勧告を考慮すべきである。


推奨事項

  • (1) bDMARDs、tsDMARDsの開始前は、LTBIスクリーニングを推奨する(*1)。csDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量・期間による)の開始前も、LTBIリスクが高い患者(*2)ではスクリーニングを検討する。
  • (2) LTBIスクリーニングは、胸部XPとIGRA(ツ反ではなく)を含めるべきである。
  • (3) LTBI治療薬の選択と導入時期は、国内and/or国際ガイドラインに従うべきである。AIIRDの治療薬との相互作用に特別な注意を払う必要がある(*3)。
  • (4) csDMARDs、bDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量・期間による)の開始前は、全ての患者にHBVスクリーニングを行うべきである(*4)。
  • (5) csDMARDs、bDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量・期間による)の開始前は、HCVスクリーニングを考慮する(*5)。ALT高値や既知の危険因子がある場合(例:薬物の静脈内使用)は、HCVスクリーニングを推奨する。
  • (6) bDMARDs開始前にHIVのスクリーニングを推奨する(*6)。csDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量と期間による)治療前にも考慮する。
  • (7) csDMARDs、bDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量と期間による)開始前に、VZV免疫がない患者には曝露後予防について説明すべきである。
  • (8) 高用量ステロイド(特に免疫抑制剤併用)使用者では(*7)、リスク・ベネフィットに応じてPCP予防(*8)を考慮する。


気になったところの補足

  • *1: Bio治療中のIGRA陽性化が報告されているので、高リスク者では定期的な再スクリーニングを推奨している
  • *2: おそらく重度飲酒、喫煙者、流行国居住歴、医療従事者等を想定している
  • *3: 相互作用で重要なものは、RFPによるステロイド・JAK-Iの代謝促進(CYP3A4)、INHとMTX・LEF併用による肝障害
  • *4: HBV再活性化予防は、抗リウマチ治療中止後少なくとも 6-12 ヶ月継続を推奨(リツキシマブはさらに延長)
  • *5: HCV再活性化は稀だが、TNF阻害薬では一応報告があるので推奨された模様
  • *6: HIVスクリーニングはちゃんとした引用がなく根拠不明ですが、もし未治療のHIVがあった場合に、潜在する日和見感染を増悪させることを懸念しているのかもしれません(完全に想像)
  • *7: PSL15-30mg、2~4週間以上を有益と考察している
  • *8: ST 0.5T/day相当レジメンの有用性についても触れられてます

2022年5月26日木曜日

PCPに対するクリンダマイシン+プリマキンの効果

連日PCPネタばかりで申し訳ないですが、興味のある時に調べておくに限ります。

クリンダマイシン+プリマキンについて臨床効果を調べてみると、結構有用な論文がたくさん出てきたので、主なものを3つ紹介します。

一次治療、二次治療、毒性での変更、いずれでもSTと遜色ない生存率の報告が多く、普通に使える治療という印象を持ちました。

有害事象で特記すべきものはメトヘモグロビン血症(下記文献だと頻度3%)くらいでしょうか。メトヘモグロビンが著しく増えると自覚症状は乏しいがSpO2 が85%付近に収束し、BGAを確認するとPaO2は問題なくMet-Hbが増えていることで診断できます。


先にサマライズすると、

  • STとクリンダマイシン・プリマキンは、一次治療も二次治療もほぼ同等の成績(生存率)で、ペンタミジン静注はやや治療成績が低いように見える
  • 有害事象で問題になるのは血液毒性(好中球・血小板減少、メトヘモグロビン血症)



A meta-analysis of salvage therapy for Pneumocystis carinii pneumonia.

Arch Intern Med. 2001 Jun 25;161(12):1529-33.

  • デザイン:メタ解析
  • 対象試験:一次治療※が失敗したPCPに対して、代替薬が使用された臨床試験・症例シリーズ・症例報告
  • 対象患者:生検、BALF、喀痰塗抹によりPCPが微生物学的に確認された症例
  • ※ 一次治療失敗の定義:治療開始後4~5日目に臨床的悪化が起こるか、7日以上治療しても患者の状態が改善しないこと

結果:

  • 27文献から497患者を抽出(HIV 456名)
  • 失敗した一次治療は、ST 160例、静注ペンタミジン63例、吸入ペンタミジン6例、アトバコン3例、ダプソン3例、TMP+ダプソン配合剤2例、STに続いてCLDM+プリマキンを併用(2例)など
  • 失敗した一次治療の期間は、3日以上33人、4日以上20人、6日25人、5〜7日以上358人、記載なし61人
  • サルベージ治療は、トリメトレキサート159例、ペンタミジン164例、塩酸エフルニチン70例、クリンダマイシン+プリマキン48例、ST 51例、アトバコン5例が含まれた
  • 一次治療無効のPCPのサルベージ治療の中で、クリンダマイシン・プリマキン併用療法が最も有効だった

コメント:

  • PCPに対するSTとペンタミジンの大規模な前向き比較試験において
    • 治療不応のために薬剤変更を必要とする人の生存率は、ST群46%、ペンタミジン群56%
    • 毒性により治療法を変更した場合の生存率は、それぞれ97%と94%と報告されている。

(AIDS. 1992;6301- 305)



Comparison of three regimens for treatment of mild to moderate Pneumocystis carinii pneumonia in patients with AIDS. A double-blind, randomized, trial of oral trimethoprim-sulfamethoxazole, dapsone-trimethoprim, and clindamycin-primaquine. ACTG 108 Study Group.

Ann Intern Med. 1996 May 1;124(9):792-802.

  • デザイン:RCT、二重盲検
  • P: HIV患者でP.jirovecii が形態学的に確認され、AaDO2≤45mmHg以下のPCP
  • I&C: ST、ダプソン+トリメトプリム、クリンダマイシン+プリマキンに割り付け
    • PAO2-PaO2が35~45mmHgの患者にはプレドニゾンも投与した
  • O: 21日目の治療失敗(PAO2-PaO2が20mmHg以上増加したこと、ベースラインの徴候や症状が寛解しなかったこと、毒性、挿管、死亡以外の理由で抗ニューモシスチス療法を変更したことのいずれか)

結果:

  • 181例を登録、ST群64例、ダプソン+トリメトプリム59例、クリンダマイシン+プリマキン58例を割り付け
  • 投与量制限毒性、治療失敗、治療完了を示した患者の割合に治療群間の統計的有意差はなかった
  • 治療期間中およびその後2カ月間の生存率は3群間で差がなかった。


  • ALTがベースライン値の5倍以上に上昇したのはST群で多かった(P=0.003)
  • 重篤な血液毒性(好中球減少、貧血、血小板減少、メトヘモグロビン血症)はクリンダマシン・プリマキン群で多く発生した(P=0.01)



Clinical efficacy of first- and second-line treatments for HIV-associated Pneumocystis jirovecii pneumonia: a tri-centre cohort study.

J Antimicrob Chemother. 2009 Dec;64(6):1282-90.

方法:

  • コペンハーゲン、ロンドン、ミラノの3つの観察コホートで行われたHIV関連PCP患者1122人、1188エピソードの症例レビュー

結果:

  • 初回治療はST(962例、81%)、静注ペンタミジン(87例、7%)、クリンダマイシン+プリマキン(72例、6%)、その他(67例、6%:アトバコン、ダプソン+ピリメタミン、トリメトレキサート、ペンタミジン吸入)
  • 治療法を変更しなかった割合は、ST 79%、クリンダマイシン+プリマキン65%、ペンタミジン60%だった (P<0.001))
  • 一次治療は82エピソード(7%)で失敗のため、198エピソード(17%)で毒性のため変更された
  • 3ヵ月生存率はST 85%、クリンダマイシン+プリマキン81%,静注ペンタミジン76%だった (p=0.09)
  • 二次治療の生存率は、ST 85%、クリンダマイシン+プリマキン87%と比較し。静注ペンタミジンが60%で優位に低かった (p=0.01)
  • ペンタミジンは 3 ヵ月死亡リスクが有意に高く (HR 2.0, 95%CI 1.2- 3.4)、多変量分析でも同様だった (HR 3.3, 95%CI 2.2-5.0)
  • クリンダマイシン+プリマキンはSTと比較して死亡リスクに差はなかった。

2022年5月24日火曜日

アトバコン予防ブレイクスルーPCPの治療

アトバコン予防中にPCPになった症例を経験しました。

Ccr30程度と、かなり厳しい腎機能で、ST合剤はなかなか使用が難しそうだと思ったので、ペンタミジン点滴を使用しました。本人から聞き取った範囲では、アトバコンの内服コンプライアンスは問題なかったようなので、ブレイクスルー感染だとすると治療にも多分使えないのだろうなと感覚的に思い、アトバコンでの治療は避けたのですが、はっきり根拠がわからなかったので調べてみました。


結果、やっぱりダメみたいです。すごく勉強になりました。


Pneumocystis Cytochrome b Mutants Associated With Atovaquone Prophylaxis Failure as the Cause of Pneumocystis Infection Outbreak Among Heart Transplant Recipients.

Clin Infect Dis. 2018 Aug 31;67(6):913-919.

  • 対象:アトバコン予防を受けていた心臓移植患者に発生したPCP(N=9)
  • コントロール:アトバコン予防を受けていなかった他の免疫不全患者(HIV 2例、肝移植2例、癌3例、ステロイド治療4例)のPCP(N=11)
  • 方法:アトバコン耐性に関連するチトクロムB(CYB)変異A144Vの有無を検討する

結果

  • アトバコン予防群の9/9、非予防群の2/11でCYB変異A144Vが認められた (p<0.001)
  • 血清アトバコン濃度は、心臓移植患者の6/7人で報告されている有効定常濃度15μg/mLよりも低値だった
  • 1名は有効なアトバコン濃度 (30.5 μg/mL)にも関わらずPCPを発症していた。


論文内の考察

  • アトバコンは、ミトコンドリアのチトクロームbc1(cyt bc1)複合体のキノール酸化部位に結合するユビキノンのアナログである
  • CYB-A144V変異はP. jirovecii ミトコンドリアのcyt b複合体のアトバコン結合ポケットの容積を減少させ、変異型P. jiroveciiに対するアトバコンの薬理効果を低下させると考えられる
  • P. jiroveciiのCYBを介したアトバコン耐性変異は、主にヘリックスcd1に集まる傾向があり、A144V以外にもcyt bのヘリックスcd1に4つの変異(I147V、T148I、L150F、S152A)が報告されている


感想

アトバコン投与群の全員にCYB変異があるからといって、アトバコンが絶対効かないという証明には当然ならないですが、多分効かないんだろうなー、とは思えるデータです。

とりあえずアトバコンブレイクスルーで二次予防するときには、他の薬剤を使わないと厳しいだろうなとい感じはします。


もしペンタミジンが有害事象などで使えなくなった場合の選択肢ですが、ST合剤の減量レジメンの有効性がつい先日のCIDに出ていました。これは選択肢ですね。


Clin Infect Dis. 2022 May 20:ciac386. doi: 10.1093/cid/ciac386.

投与量は7.5-15mg TMP/kg/dayです。

後ろ向き研究なので、バイアスがバリバリなのは仕方ないですね。

今後はすべての患者に対して減量するということにはならないのは当然ですが、バイアスがあるにしても減量レジメンで死亡率は10%くらいまで抑えられており、少ない選択肢の中で「減量しても何となるかも」という根拠ができたのは心強いです。


この方は腎機能が結構厳しいので、減量レジメンとは言えかなり躊躇します。

ということで次点はクリンダマイシン+プリマキンでしょうか。使ったことがないので感触が全く分かりませんが・・・


2022年5月18日水曜日

白内障の術前抗菌薬

白内障の術前抗菌薬の相談を受けたのですが、恥ずかしながら全く知らなかったので調べてみました。


眼科領域の術式別のSSIの発生率

引用:佐々木香る 眼科抗菌薬適正使用マニュアル

  • 白内障手術:0.02%
  • 硝子体手術:0.03‐0.05%
  • 硝子体内注射:0.03-0.04%
  • 緑内障手術:2%(濾過胞炎含む)
  • 角膜移植:0.2%
  • 屈折矯正手術:0.02%
  • 結膜手術、斜視手術、眼瞼・眼窩手術:極めて稀



白内障手術の起因菌

J Cataract Refract Surg. 2013 Sep;39(9):1421-31.


  • 白内障手術のSSIの起因菌は、大半がブドウ球菌と連鎖球菌
  • 結膜嚢および外眼部常在菌層に由来するようです。



Ophthalmology. 2002 Jan;109(1):13-24.

周術期SSI予防の方法として、全身投与の抗菌薬は有効性が否定されています。

2002年のSRで既に、抗菌薬洗浄、抗菌薬点眼、結膜下抗菌薬投与などの有効性は否定され、術前のポピドンヨード消毒のみが有効性があると報告されていたようです。



セフロキシムの前房内投与

2007年にESCRS(欧州白内障屈折矯正手術学会)からセフロキシムの前房内投与の有効性を示すRCTが出ました。以降の欧州各国はセフロキシム前房内投与が主流で、導入後の術後眼内炎の減少が報告されているようです。

なおこのRCTで同時にフルオロキノロン点眼の有効性がないことも示されており、欧州では以降使用しない流れになっているようです。


Prophylaxis of postoperative endophthalmitis following cataract surgery: results of the ESCRS multicenter study and identification of risk factors.

J Cataract Refract Surg. 2007 Jun;33(6):978-88.

  • Design: 多施設RCT、部分盲検
  • P: 糖尿病を含む白内障手術を受ける患者
  • I&C: 2×2グループの比較
    • 術後セフロキシム1mg前房内投与の有無
    • 術前レボフロキサシン0.5%点眼(手術1時間前に1滴、30分前に2滴、術直後5分間隔で3滴)
  • O: 術後感染性眼内炎

結果:

  • 29例が眼内炎を呈し,そのうち20例が感染性眼内炎と診断
  • セフロキシム前房内投与を行わない場合、眼内炎のOR 4.92 (95%CI 1.87~12.9
  • 強膜トンネルと比較した角膜切開の使用は、OR 5.88 (95%CI 1.34-25.9)
  • アクリルと比較したシリコーン眼内レンズ(IOL)光学材料の使用 OR 3.13 (95%CI 1.47-6.67)



日本のガイドライン

日本感染症学会・抗菌化学療法学会から出されて、日本眼感染症学会、日本眼科学会も監修しているようです。

術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン(2020年5月追補版)

http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/jyutsugo_shiyou_tuiho.html

  • 白内障手術は、リスク因子がなければ全身投与での予防は不要、と明記されてます
  • 術前点眼は術前3日から投与されることになっている


ちょっと世界の潮流からは遅れている感じがする記載ではありますね。

日本では術後4週間程度フルオロキノロン点眼を継続している施設が多いようですが、米国では1週間が主流とのことです(ASCRS:米国白内障屈折矯正手術学会の調査)。

J Cataract Refract Surg. 2015 Jun;41(6):1300-5.


2022年5月14日土曜日

染色体性AmpCを持つ腸内細菌目の感染症に対してセフトリアキソン・ピペラシリンを使ってよいか

緑膿菌が血培から生えたVAPで、痰培養からは緑膿菌とSerattia marscesensが同定された、という事例がありました。

このVAPをピペラシリン(もしくはピペラシリン・タゾバクタム)で治療することは可能なのでしょうか?


CLSI-M100 28th

PIPCは内因性耐性とは書かれていないです(左から4列目)。もちろんABPC、ABPC/SBTは内因性耐性
なおEUCASTにPIPCの記載はありません





Kucers' The Use of Antibiotics 7th edition

Section2:10 メスロシロン・アズロシリン・アパルキリン・ピペラシリン より抜粋
ピペラシリンは腸内細菌科細菌に対して良好な活性を示すが、1997年以降、腸内細菌科細菌の耐性は著しく増加し、2004年には50%に達する地域も報告されている。
腸内細菌科細菌の耐性の主なメカニズムは、β-ラクタマーゼによる不活性化である
このため、ピペラシリンは腸内細菌科細菌に対してアンピシリンやチカルシリン単独よりも高い活性を示すが、チカルシリン-クラブラン酸、アンピシリン-スルバクタム、ピペラシリン-タゾバクタムよりも一般に低い活性を示す。
メスロシリン、アズロシリン、アパルキリン、ピペラシリンは、TEMβ-ラクタマーゼなどグラム陰性菌が生産する多くのβラクタマーゼで分解されることが確認されている。したがって,アンピシリンやカルベニシリンに後天的に耐性を獲得したグラム陰性菌の多くは、このグループの抗菌薬にも耐性を示すことになるしかし、TEM-1β-ラクタマーゼを産生する一部の大腸菌は、アンピシリンには耐性を示すが、メズロシリンやピペラシリンには比較的感受性を保っている。

つまりAmbler分類Aのβラクタマーゼ産生腸内細菌化細菌は、感受性があればピペラシリンを使ってもよさそうだ、と理解できます。
(注:AmpCの話ではないです。AmpCはAmbler class C。下図参照:日本臨床微生物学雑誌 Vol. 24 No. 3 2014)




少し横道にそれますが、Kucerによると、
S. pneumoniaeやViridans groupのペニシリン耐性は、PBPの変異によって媒介される。したがって連鎖球菌属の耐性はtazobactamやsulbactamのようなβ-lactam阻害剤では克服されない。
ピペラシリン活性に対するPBP変異の影響は、ペニシリンGおよびアンピシリン活性に対する影響よりも大きく、ペニシリンに対して中程度の耐性を有する連鎖球菌は、ピペラシリンに対して耐性を有する可能性がある。

つまり、連鎖球菌はPCGが中等度耐性以上(>0.12でしょうか?)であればPIPCも耐性のことが多い(とはいえ感受性をそのまま信じてよいのは同様)


さて、Serattia marscesensなどの染色体性にAmpCを持っている菌でも、PIPCの感受性をそのまま読んでいいのかというのが今回の疑問でした。
下記レビューを読んで結構頭が整理できたので紹介します。


AmpC β-lactamase-producing Enterobacterales: what a clinician should know.
Infection. 2019 Jun;47(3):363-375.

染色体性にAmpCをコードしている(cAmpC)臨床的に重要なグラム陰性菌で、特に重要なのはESCPMグループと呼ばれる腸内細菌目細菌
  • Enterobacter (Enterobacter cloacae complex, Enterobacter aerogenes)
  • Serratia marcescens
  • Citrobacter freundii
  • Providencia stuartii
  • Morganella morganii

cAmpCの主な特徴は、種によってAmpC遺伝子の発現レベルが異なることで、一部の抗菌薬によって発現が誘導され、抗菌薬へ耐性化を示す。
抗菌薬のcAmpC発現を誘導する性質と、誘導されたAmpCによって加水分解される性質から、以下の4つに区別できる。

1. 誘導性/不安定型β-ラクタム

例:アミノペニシリン系、第一世代セファロスポリン、セフォキシチン、セフォテタン
AmpCの発現を強く誘導し、抗菌薬自体は誘導されたAmpCで分解される性質をもつ。したがって通常これらの薬剤に耐性を示す。

2. 誘導性/安定型β-ラクタム

例:カルバペネム
AmpCの発現を強く誘導するが、抗菌薬自体は分解されない。外膜透過性を低下させるポリン改変がない限り、感性のまま。

3. 弱い誘導性/不安定型β-ラクタム

例:ウレイドペニシリン(例:ピペラシリン)、第3世代セファロスポリン、アズトレオナム
AmpC誘導能は弱いため、当初これらの抗菌薬に対して感受性を示すが、抗菌薬選択圧によりAmpC産生が誘導された株が選択された後に臨床的耐性となる。
したがって、このグループの抗菌薬はcAmpCの腸内細菌目に対してin vitro感受性があっても、使用は慎重に検討する。
ピペラシリン・タゾバクタムを例にすれば、ピペラシリンもタゾバクタムもAmpC誘導は弱いのでin vitro感受性は保持される場合がある。
AmpCはピペラシリンを加水分解し、タゾバクタムによっても阻害されないため、感受性の有無にかかわらず使用は慎重に検討すべきである。

4. 弱い誘導性/安定型β-ラクタム

例:セフピロム、セフェピム(第4世代セファロスポリン)
誘導能は弱く、かつAmpCが過剰に誘導された場合も、AmpC変種や別の耐性機構が存在しない限り、抗菌薬活性を保持する。


拡張スペクトルペニシリン(チカルシリン、チカルシリン-クラブラン酸、ピペラシリン、メズロシリン)、第3世代セファロスポリンに対する臨床的耐性化は、平均9日(範囲4〜18日)後の第3世代セファロスポリン治療後に発生する
Ann Intern Med. 1991 Oct 15;115(8):585-90.

ちなみにプラスミドAmpCはほぼ常に構成的に発現し、抑制されていないcAmpC(過剰産生型)と同様の耐性パターンと考えて良いようです。
例外として、BlaDHA-1遺伝子のようないくつかのプラスミドAmpC遺伝子は、cAmpC遺伝子と同様に発現が制御され、β-ラクタム薬によって誘導可能とのことでした。
Clin Microbiol Rev. 2009;22:161–82.


cAmpCの治療で、RCTなどの臨床的なデータは多くないのですが、有名なMERINO-2 trialは一応参考になります。
ピペラシリン・タゾバクタムは血流感染だと少し失敗率が高いかもしれない、とも読み取れますがNが少なすぎますね。
今後の追試が必要です。


Open Forum Infect Dis. 2021 Aug 2;8(8):ofab387.
  • Design: 多施設RCT、Open-label
  • P: Enterobacter spp、Klebsiella aerogenes、Serratia marcescens、Providencia spp、Morganella morganii、Citrobacter freundiiの血流感染。かつ、第3世代セファロスポリン、ピペラシリン・タゾバクタム、メロペネムに感受性あり
  • I: ピペラシリン・タゾバクタム4.5g q6h
  • C: メロペネム1g q8h
  • O: 30日死亡率、臨床的失敗(5日目での体温or白血球増加)、微生物学的失敗(3~5日目での指標菌検出)、30日時点での微生物学的再発、の複合エンドポイント

結果:

  • ピペラシリン・タゾバクタム群40名、メロペネム群39名が割り付けられた
  • 主要評価項目達成は、ピペラシリン・タゾバクタム群では38例中11例(29%)、メロペネム群は34例中7例(21%)、リスク差8%(95%CI -12%~28%)
  • 微生物学的失敗は、ピペラシリン・タゾバクタム群では38例中5例(13%)、メロペネム群では34例中0例(0%)だった。リスク差13%(95%CI、2%~24%)
  • 微生物学的再発は、ピペラシリン・タゾバクタム群0%、メロペネム群9%だった
  • 微量液体希釈法による感受性率は、ピペラシリン・タゾバクタムが96.5%、メロペネムが100%であった

結論:

  • AmpC産生菌による血流感染症に対するピペラシリン・タゾバクタムは、微生物学的再発は少なかったが,微生物学的失敗が多くなった


長くなりましたが、まとめると
  • 染色体性AmpCの腸内細菌目(ESCPM)に対しては、セフェピムかカルバペネムが鉄板
  • ピペラシリン、セフトリアキソンも感受性があれば、現場の判断で慎重に使っても良さそう
  • 血流感染はやめておいた方がいいかも(MERINO-2)