2022年11月10日木曜日

EULAR推奨2022:自己免疫疾患における日和見感染スクリーニングと予防

 欧州リウマチ学会(EULAR)から自己免疫疾患の日和見感染予防とスクリーニングの推奨が出ました。日本の論文がたくさん引用されており、何だか嬉しいですね。


内容的には日本の生物学的製剤のガイドラインに準じた内容なので、あまり大きくプラクティスが変わることは書いてないのですが、個人的に驚いたところは、

  • なぜかHIVスクリーニングを推奨している
  • ハイリスク例のLTBIの定期スクリーニング(なるほど・・・!)
  • RAのPCP予防についてたくさん引用している割に推奨していない(残念)



2022 EULAR recommendations for screening and prophylaxis of chronic and opportunistic infections in adults with autoimmune inflammatory rheumatic diseases.

Ann Rheum Dis 2022 [Epub 03 November]

doi: 10.1136/ard-2022-223335


包括的原則

  • (A) csDMARDs、tsDMARDs、bDMARDs、免疫抑制剤、ステロイドによる治療の前に、すべてのAIIRD患者と検討・協議し、慢性及び日和見感染リスクを定期的に評価すべきである。
  • (B) リウマチ専門医と感染症専門医、消化器専門医、肝臓専門医、呼吸器専門医など、他の専門医との連携は重要である。
  • (C) 慢性及び日和見感染のスクリーニングと予防を決める際は、個々の危険因子を考慮し、定期的に再評価すべきである。
  • (D) 流行性感染症に関する国・地域レベルの要因のうち、国内ガイドライン・勧告を考慮すべきである。


推奨事項

  • (1) bDMARDs、tsDMARDsの開始前は、LTBIスクリーニングを推奨する(*1)。csDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量・期間による)の開始前も、LTBIリスクが高い患者(*2)ではスクリーニングを検討する。
  • (2) LTBIスクリーニングは、胸部XPとIGRA(ツ反ではなく)を含めるべきである。
  • (3) LTBI治療薬の選択と導入時期は、国内and/or国際ガイドラインに従うべきである。AIIRDの治療薬との相互作用に特別な注意を払う必要がある(*3)。
  • (4) csDMARDs、bDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量・期間による)の開始前は、全ての患者にHBVスクリーニングを行うべきである(*4)。
  • (5) csDMARDs、bDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量・期間による)の開始前は、HCVスクリーニングを考慮する(*5)。ALT高値や既知の危険因子がある場合(例:薬物の静脈内使用)は、HCVスクリーニングを推奨する。
  • (6) bDMARDs開始前にHIVのスクリーニングを推奨する(*6)。csDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量と期間による)治療前にも考慮する。
  • (7) csDMARDs、bDMARDs、tsDMARDs、免疫抑制剤、ステロイド(用量と期間による)開始前に、VZV免疫がない患者には曝露後予防について説明すべきである。
  • (8) 高用量ステロイド(特に免疫抑制剤併用)使用者では(*7)、リスク・ベネフィットに応じてPCP予防(*8)を考慮する。


気になったところの補足

  • *1: Bio治療中のIGRA陽性化が報告されているので、高リスク者では定期的な再スクリーニングを推奨している
  • *2: おそらく重度飲酒、喫煙者、流行国居住歴、医療従事者等を想定している
  • *3: 相互作用で重要なものは、RFPによるステロイド・JAK-Iの代謝促進(CYP3A4)、INHとMTX・LEF併用による肝障害
  • *4: HBV再活性化予防は、抗リウマチ治療中止後少なくとも 6-12 ヶ月継続を推奨(リツキシマブはさらに延長)
  • *5: HCV再活性化は稀だが、TNF阻害薬では一応報告があるので推奨された模様
  • *6: HIVスクリーニングはちゃんとした引用がなく根拠不明ですが、もし未治療のHIVがあった場合に、潜在する日和見感染を増悪させることを懸念しているのかもしれません(完全に想像)
  • *7: PSL15-30mg、2~4週間以上を有益と考察している
  • *8: ST 0.5T/day相当レジメンの有用性についても触れられてます

2022年5月26日木曜日

PCPに対するクリンダマイシン+プリマキンの効果

連日PCPネタばかりで申し訳ないですが、興味のある時に調べておくに限ります。

クリンダマイシン+プリマキンについて臨床効果を調べてみると、結構有用な論文がたくさん出てきたので、主なものを3つ紹介します。

一次治療、二次治療、毒性での変更、いずれでもSTと遜色ない生存率の報告が多く、普通に使える治療という印象を持ちました。

有害事象で特記すべきものはメトヘモグロビン血症(下記文献だと頻度3%)くらいでしょうか。メトヘモグロビンが著しく増えると自覚症状は乏しいがSpO2 が85%付近に収束し、BGAを確認するとPaO2は問題なくMet-Hbが増えていることで診断できます。


先にサマライズすると、

  • STとクリンダマイシン・プリマキンは、一次治療も二次治療もほぼ同等の成績(生存率)で、ペンタミジン静注はやや治療成績が低いように見える
  • 有害事象で問題になるのは血液毒性(好中球・血小板減少、メトヘモグロビン血症)



A meta-analysis of salvage therapy for Pneumocystis carinii pneumonia.

Arch Intern Med. 2001 Jun 25;161(12):1529-33.

  • デザイン:メタ解析
  • 対象試験:一次治療※が失敗したPCPに対して、代替薬が使用された臨床試験・症例シリーズ・症例報告
  • 対象患者:生検、BALF、喀痰塗抹によりPCPが微生物学的に確認された症例
  • ※ 一次治療失敗の定義:治療開始後4~5日目に臨床的悪化が起こるか、7日以上治療しても患者の状態が改善しないこと

結果:

  • 27文献から497患者を抽出(HIV 456名)
  • 失敗した一次治療は、ST 160例、静注ペンタミジン63例、吸入ペンタミジン6例、アトバコン3例、ダプソン3例、TMP+ダプソン配合剤2例、STに続いてCLDM+プリマキンを併用(2例)など
  • 失敗した一次治療の期間は、3日以上33人、4日以上20人、6日25人、5〜7日以上358人、記載なし61人
  • サルベージ治療は、トリメトレキサート159例、ペンタミジン164例、塩酸エフルニチン70例、クリンダマイシン+プリマキン48例、ST 51例、アトバコン5例が含まれた
  • 一次治療無効のPCPのサルベージ治療の中で、クリンダマイシン・プリマキン併用療法が最も有効だった

コメント:

  • PCPに対するSTとペンタミジンの大規模な前向き比較試験において
    • 治療不応のために薬剤変更を必要とする人の生存率は、ST群46%、ペンタミジン群56%
    • 毒性により治療法を変更した場合の生存率は、それぞれ97%と94%と報告されている。

(AIDS. 1992;6301- 305)



Comparison of three regimens for treatment of mild to moderate Pneumocystis carinii pneumonia in patients with AIDS. A double-blind, randomized, trial of oral trimethoprim-sulfamethoxazole, dapsone-trimethoprim, and clindamycin-primaquine. ACTG 108 Study Group.

Ann Intern Med. 1996 May 1;124(9):792-802.

  • デザイン:RCT、二重盲検
  • P: HIV患者でP.jirovecii が形態学的に確認され、AaDO2≤45mmHg以下のPCP
  • I&C: ST、ダプソン+トリメトプリム、クリンダマイシン+プリマキンに割り付け
    • PAO2-PaO2が35~45mmHgの患者にはプレドニゾンも投与した
  • O: 21日目の治療失敗(PAO2-PaO2が20mmHg以上増加したこと、ベースラインの徴候や症状が寛解しなかったこと、毒性、挿管、死亡以外の理由で抗ニューモシスチス療法を変更したことのいずれか)

結果:

  • 181例を登録、ST群64例、ダプソン+トリメトプリム59例、クリンダマイシン+プリマキン58例を割り付け
  • 投与量制限毒性、治療失敗、治療完了を示した患者の割合に治療群間の統計的有意差はなかった
  • 治療期間中およびその後2カ月間の生存率は3群間で差がなかった。


  • ALTがベースライン値の5倍以上に上昇したのはST群で多かった(P=0.003)
  • 重篤な血液毒性(好中球減少、貧血、血小板減少、メトヘモグロビン血症)はクリンダマシン・プリマキン群で多く発生した(P=0.01)



Clinical efficacy of first- and second-line treatments for HIV-associated Pneumocystis jirovecii pneumonia: a tri-centre cohort study.

J Antimicrob Chemother. 2009 Dec;64(6):1282-90.

方法:

  • コペンハーゲン、ロンドン、ミラノの3つの観察コホートで行われたHIV関連PCP患者1122人、1188エピソードの症例レビュー

結果:

  • 初回治療はST(962例、81%)、静注ペンタミジン(87例、7%)、クリンダマイシン+プリマキン(72例、6%)、その他(67例、6%:アトバコン、ダプソン+ピリメタミン、トリメトレキサート、ペンタミジン吸入)
  • 治療法を変更しなかった割合は、ST 79%、クリンダマイシン+プリマキン65%、ペンタミジン60%だった (P<0.001))
  • 一次治療は82エピソード(7%)で失敗のため、198エピソード(17%)で毒性のため変更された
  • 3ヵ月生存率はST 85%、クリンダマイシン+プリマキン81%,静注ペンタミジン76%だった (p=0.09)
  • 二次治療の生存率は、ST 85%、クリンダマイシン+プリマキン87%と比較し。静注ペンタミジンが60%で優位に低かった (p=0.01)
  • ペンタミジンは 3 ヵ月死亡リスクが有意に高く (HR 2.0, 95%CI 1.2- 3.4)、多変量分析でも同様だった (HR 3.3, 95%CI 2.2-5.0)
  • クリンダマイシン+プリマキンはSTと比較して死亡リスクに差はなかった。

2022年5月24日火曜日

アトバコン予防ブレイクスルーPCPの治療

アトバコン予防中にPCPになった症例を経験しました。

Ccr30程度と、かなり厳しい腎機能で、ST合剤はなかなか使用が難しそうだと思ったので、ペンタミジン点滴を使用しました。本人から聞き取った範囲では、アトバコンの内服コンプライアンスは問題なかったようなので、ブレイクスルー感染だとすると治療にも多分使えないのだろうなと感覚的に思い、アトバコンでの治療は避けたのですが、はっきり根拠がわからなかったので調べてみました。


結果、やっぱりダメみたいです。すごく勉強になりました。


Pneumocystis Cytochrome b Mutants Associated With Atovaquone Prophylaxis Failure as the Cause of Pneumocystis Infection Outbreak Among Heart Transplant Recipients.

Clin Infect Dis. 2018 Aug 31;67(6):913-919.

  • 対象:アトバコン予防を受けていた心臓移植患者に発生したPCP(N=9)
  • コントロール:アトバコン予防を受けていなかった他の免疫不全患者(HIV 2例、肝移植2例、癌3例、ステロイド治療4例)のPCP(N=11)
  • 方法:アトバコン耐性に関連するチトクロムB(CYB)変異A144Vの有無を検討する

結果

  • アトバコン予防群の9/9、非予防群の2/11でCYB変異A144Vが認められた (p<0.001)
  • 血清アトバコン濃度は、心臓移植患者の6/7人で報告されている有効定常濃度15μg/mLよりも低値だった
  • 1名は有効なアトバコン濃度 (30.5 μg/mL)にも関わらずPCPを発症していた。


論文内の考察

  • アトバコンは、ミトコンドリアのチトクロームbc1(cyt bc1)複合体のキノール酸化部位に結合するユビキノンのアナログである
  • CYB-A144V変異はP. jirovecii ミトコンドリアのcyt b複合体のアトバコン結合ポケットの容積を減少させ、変異型P. jiroveciiに対するアトバコンの薬理効果を低下させると考えられる
  • P. jiroveciiのCYBを介したアトバコン耐性変異は、主にヘリックスcd1に集まる傾向があり、A144V以外にもcyt bのヘリックスcd1に4つの変異(I147V、T148I、L150F、S152A)が報告されている


感想

アトバコン投与群の全員にCYB変異があるからといって、アトバコンが絶対効かないという証明には当然ならないですが、多分効かないんだろうなー、とは思えるデータです。

とりあえずアトバコンブレイクスルーで二次予防するときには、他の薬剤を使わないと厳しいだろうなとい感じはします。


もしペンタミジンが有害事象などで使えなくなった場合の選択肢ですが、ST合剤の減量レジメンの有効性がつい先日のCIDに出ていました。これは選択肢ですね。


Clin Infect Dis. 2022 May 20:ciac386. doi: 10.1093/cid/ciac386.

投与量は7.5-15mg TMP/kg/dayです。

後ろ向き研究なので、バイアスがバリバリなのは仕方ないですね。

今後はすべての患者に対して減量するということにはならないのは当然ですが、バイアスがあるにしても減量レジメンで死亡率は10%くらいまで抑えられており、少ない選択肢の中で「減量しても何となるかも」という根拠ができたのは心強いです。


この方は腎機能が結構厳しいので、減量レジメンとは言えかなり躊躇します。

ということで次点はクリンダマイシン+プリマキンでしょうか。使ったことがないので感触が全く分かりませんが・・・


2022年5月18日水曜日

白内障の術前抗菌薬

白内障の術前抗菌薬の相談を受けたのですが、恥ずかしながら全く知らなかったので調べてみました。


眼科領域の術式別のSSIの発生率

引用:佐々木香る 眼科抗菌薬適正使用マニュアル

  • 白内障手術:0.02%
  • 硝子体手術:0.03‐0.05%
  • 硝子体内注射:0.03-0.04%
  • 緑内障手術:2%(濾過胞炎含む)
  • 角膜移植:0.2%
  • 屈折矯正手術:0.02%
  • 結膜手術、斜視手術、眼瞼・眼窩手術:極めて稀



白内障手術の起因菌

J Cataract Refract Surg. 2013 Sep;39(9):1421-31.


  • 白内障手術のSSIの起因菌は、大半がブドウ球菌と連鎖球菌
  • 結膜嚢および外眼部常在菌層に由来するようです。



Ophthalmology. 2002 Jan;109(1):13-24.

周術期SSI予防の方法として、全身投与の抗菌薬は有効性が否定されています。

2002年のSRで既に、抗菌薬洗浄、抗菌薬点眼、結膜下抗菌薬投与などの有効性は否定され、術前のポピドンヨード消毒のみが有効性があると報告されていたようです。



セフロキシムの前房内投与

2007年にESCRS(欧州白内障屈折矯正手術学会)からセフロキシムの前房内投与の有効性を示すRCTが出ました。以降の欧州各国はセフロキシム前房内投与が主流で、導入後の術後眼内炎の減少が報告されているようです。

なおこのRCTで同時にフルオロキノロン点眼の有効性がないことも示されており、欧州では以降使用しない流れになっているようです。


Prophylaxis of postoperative endophthalmitis following cataract surgery: results of the ESCRS multicenter study and identification of risk factors.

J Cataract Refract Surg. 2007 Jun;33(6):978-88.

  • Design: 多施設RCT、部分盲検
  • P: 糖尿病を含む白内障手術を受ける患者
  • I&C: 2×2グループの比較
    • 術後セフロキシム1mg前房内投与の有無
    • 術前レボフロキサシン0.5%点眼(手術1時間前に1滴、30分前に2滴、術直後5分間隔で3滴)
  • O: 術後感染性眼内炎

結果:

  • 29例が眼内炎を呈し,そのうち20例が感染性眼内炎と診断
  • セフロキシム前房内投与を行わない場合、眼内炎のOR 4.92 (95%CI 1.87~12.9
  • 強膜トンネルと比較した角膜切開の使用は、OR 5.88 (95%CI 1.34-25.9)
  • アクリルと比較したシリコーン眼内レンズ(IOL)光学材料の使用 OR 3.13 (95%CI 1.47-6.67)



日本のガイドライン

日本感染症学会・抗菌化学療法学会から出されて、日本眼感染症学会、日本眼科学会も監修しているようです。

術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン(2020年5月追補版)

http://www.chemotherapy.or.jp/guideline/jyutsugo_shiyou_tuiho.html

  • 白内障手術は、リスク因子がなければ全身投与での予防は不要、と明記されてます
  • 術前点眼は術前3日から投与されることになっている


ちょっと世界の潮流からは遅れている感じがする記載ではありますね。

日本では術後4週間程度フルオロキノロン点眼を継続している施設が多いようですが、米国では1週間が主流とのことです(ASCRS:米国白内障屈折矯正手術学会の調査)。

J Cataract Refract Surg. 2015 Jun;41(6):1300-5.


2022年5月14日土曜日

染色体性AmpCを持つ腸内細菌目の感染症に対してセフトリアキソン・ピペラシリンを使ってよいか

緑膿菌が血培から生えたVAPで、痰培養からは緑膿菌とSerattia marscesensが同定された、という事例がありました。

このVAPをピペラシリン(もしくはピペラシリン・タゾバクタム)で治療することは可能なのでしょうか?


CLSI-M100 28th

PIPCは内因性耐性とは書かれていないです(左から4列目)。もちろんABPC、ABPC/SBTは内因性耐性
なおEUCASTにPIPCの記載はありません





Kucers' The Use of Antibiotics 7th edition

Section2:10 メスロシロン・アズロシリン・アパルキリン・ピペラシリン より抜粋
ピペラシリンは腸内細菌科細菌に対して良好な活性を示すが、1997年以降、腸内細菌科細菌の耐性は著しく増加し、2004年には50%に達する地域も報告されている。
腸内細菌科細菌の耐性の主なメカニズムは、β-ラクタマーゼによる不活性化である
このため、ピペラシリンは腸内細菌科細菌に対してアンピシリンやチカルシリン単独よりも高い活性を示すが、チカルシリン-クラブラン酸、アンピシリン-スルバクタム、ピペラシリン-タゾバクタムよりも一般に低い活性を示す。
メスロシリン、アズロシリン、アパルキリン、ピペラシリンは、TEMβ-ラクタマーゼなどグラム陰性菌が生産する多くのβラクタマーゼで分解されることが確認されている。したがって,アンピシリンやカルベニシリンに後天的に耐性を獲得したグラム陰性菌の多くは、このグループの抗菌薬にも耐性を示すことになるしかし、TEM-1β-ラクタマーゼを産生する一部の大腸菌は、アンピシリンには耐性を示すが、メズロシリンやピペラシリンには比較的感受性を保っている。

つまりAmbler分類Aのβラクタマーゼ産生腸内細菌化細菌は、感受性があればピペラシリンを使ってもよさそうだ、と理解できます。
(注:AmpCの話ではないです。AmpCはAmbler class C。下図参照:日本臨床微生物学雑誌 Vol. 24 No. 3 2014)




少し横道にそれますが、Kucerによると、
S. pneumoniaeやViridans groupのペニシリン耐性は、PBPの変異によって媒介される。したがって連鎖球菌属の耐性はtazobactamやsulbactamのようなβ-lactam阻害剤では克服されない。
ピペラシリン活性に対するPBP変異の影響は、ペニシリンGおよびアンピシリン活性に対する影響よりも大きく、ペニシリンに対して中程度の耐性を有する連鎖球菌は、ピペラシリンに対して耐性を有する可能性がある。

つまり、連鎖球菌はPCGが中等度耐性以上(>0.12でしょうか?)であればPIPCも耐性のことが多い(とはいえ感受性をそのまま信じてよいのは同様)


さて、Serattia marscesensなどの染色体性にAmpCを持っている菌でも、PIPCの感受性をそのまま読んでいいのかというのが今回の疑問でした。
下記レビューを読んで結構頭が整理できたので紹介します。


AmpC β-lactamase-producing Enterobacterales: what a clinician should know.
Infection. 2019 Jun;47(3):363-375.

染色体性にAmpCをコードしている(cAmpC)臨床的に重要なグラム陰性菌で、特に重要なのはESCPMグループと呼ばれる腸内細菌目細菌
  • Enterobacter (Enterobacter cloacae complex, Enterobacter aerogenes)
  • Serratia marcescens
  • Citrobacter freundii
  • Providencia stuartii
  • Morganella morganii

cAmpCの主な特徴は、種によってAmpC遺伝子の発現レベルが異なることで、一部の抗菌薬によって発現が誘導され、抗菌薬へ耐性化を示す。
抗菌薬のcAmpC発現を誘導する性質と、誘導されたAmpCによって加水分解される性質から、以下の4つに区別できる。

1. 誘導性/不安定型β-ラクタム

例:アミノペニシリン系、第一世代セファロスポリン、セフォキシチン、セフォテタン
AmpCの発現を強く誘導し、抗菌薬自体は誘導されたAmpCで分解される性質をもつ。したがって通常これらの薬剤に耐性を示す。

2. 誘導性/安定型β-ラクタム

例:カルバペネム
AmpCの発現を強く誘導するが、抗菌薬自体は分解されない。外膜透過性を低下させるポリン改変がない限り、感性のまま。

3. 弱い誘導性/不安定型β-ラクタム

例:ウレイドペニシリン(例:ピペラシリン)、第3世代セファロスポリン、アズトレオナム
AmpC誘導能は弱いため、当初これらの抗菌薬に対して感受性を示すが、抗菌薬選択圧によりAmpC産生が誘導された株が選択された後に臨床的耐性となる。
したがって、このグループの抗菌薬はcAmpCの腸内細菌目に対してin vitro感受性があっても、使用は慎重に検討する。
ピペラシリン・タゾバクタムを例にすれば、ピペラシリンもタゾバクタムもAmpC誘導は弱いのでin vitro感受性は保持される場合がある。
AmpCはピペラシリンを加水分解し、タゾバクタムによっても阻害されないため、感受性の有無にかかわらず使用は慎重に検討すべきである。

4. 弱い誘導性/安定型β-ラクタム

例:セフピロム、セフェピム(第4世代セファロスポリン)
誘導能は弱く、かつAmpCが過剰に誘導された場合も、AmpC変種や別の耐性機構が存在しない限り、抗菌薬活性を保持する。


拡張スペクトルペニシリン(チカルシリン、チカルシリン-クラブラン酸、ピペラシリン、メズロシリン)、第3世代セファロスポリンに対する臨床的耐性化は、平均9日(範囲4〜18日)後の第3世代セファロスポリン治療後に発生する
Ann Intern Med. 1991 Oct 15;115(8):585-90.

ちなみにプラスミドAmpCはほぼ常に構成的に発現し、抑制されていないcAmpC(過剰産生型)と同様の耐性パターンと考えて良いようです。
例外として、BlaDHA-1遺伝子のようないくつかのプラスミドAmpC遺伝子は、cAmpC遺伝子と同様に発現が制御され、β-ラクタム薬によって誘導可能とのことでした。
Clin Microbiol Rev. 2009;22:161–82.


cAmpCの治療で、RCTなどの臨床的なデータは多くないのですが、有名なMERINO-2 trialは一応参考になります。
ピペラシリン・タゾバクタムは血流感染だと少し失敗率が高いかもしれない、とも読み取れますがNが少なすぎますね。
今後の追試が必要です。


Open Forum Infect Dis. 2021 Aug 2;8(8):ofab387.
  • Design: 多施設RCT、Open-label
  • P: Enterobacter spp、Klebsiella aerogenes、Serratia marcescens、Providencia spp、Morganella morganii、Citrobacter freundiiの血流感染。かつ、第3世代セファロスポリン、ピペラシリン・タゾバクタム、メロペネムに感受性あり
  • I: ピペラシリン・タゾバクタム4.5g q6h
  • C: メロペネム1g q8h
  • O: 30日死亡率、臨床的失敗(5日目での体温or白血球増加)、微生物学的失敗(3~5日目での指標菌検出)、30日時点での微生物学的再発、の複合エンドポイント

結果:

  • ピペラシリン・タゾバクタム群40名、メロペネム群39名が割り付けられた
  • 主要評価項目達成は、ピペラシリン・タゾバクタム群では38例中11例(29%)、メロペネム群は34例中7例(21%)、リスク差8%(95%CI -12%~28%)
  • 微生物学的失敗は、ピペラシリン・タゾバクタム群では38例中5例(13%)、メロペネム群では34例中0例(0%)だった。リスク差13%(95%CI、2%~24%)
  • 微生物学的再発は、ピペラシリン・タゾバクタム群0%、メロペネム群9%だった
  • 微量液体希釈法による感受性率は、ピペラシリン・タゾバクタムが96.5%、メロペネムが100%であった

結論:

  • AmpC産生菌による血流感染症に対するピペラシリン・タゾバクタムは、微生物学的再発は少なかったが,微生物学的失敗が多くなった


長くなりましたが、まとめると
  • 染色体性AmpCの腸内細菌目(ESCPM)に対しては、セフェピムかカルバペネムが鉄板
  • ピペラシリン、セフトリアキソンも感受性があれば、現場の判断で慎重に使っても良さそう
  • 血流感染はやめておいた方がいいかも(MERINO-2)

2022年4月14日木曜日

Escherichia vulneris 感染症の特徴

胸部大動脈置換後の人工血管周囲感染の方で、膿汁培養が発育せず起因菌が同定できなかったため、16s Nested PCRでシークエンスを行ったところ、Escherichia vulneris と同定された、という事例がありました。

E. coli以外のEscherichiaを見たのは初めてだったので調べてみると、なかなか面白い特徴があり、非常にReasonableな症例だとわかりました。


Escherichia vulneris の特徴について調べたことをまとめます。

先に全体をサマライズすると、

  • 環境菌、常在菌として分離されることもある腸内細菌目GNR
  • 創傷やデバイス関連感染症として多く報告されている
  • 薬剤感受性は良好で、βラクタムを含め大体何でも感受性あり



特徴

  • Escherichia vulnerisは、腸内細菌科の特徴を持つ運動性のグラム陰性桿菌
  • 生化学的特徴:オキシダーゼ陰性、インドール陰性、ブドウ糖発酵性
  • 呼吸器系、女性生殖器、尿路、便に定着している環境菌
  • 名前の由来は傷口に定着することから、"vulneris"(ラテン語で「傷」)


分類

Uniprotより( https://www.uniprot.org/taxonomy/566

› cellular organisms

   › Bacteria

     › Proteobacteria

       › Gammaproteobacteria

         › Enterobacterales

           › Enterobacteriaceae

             › Pseudescherichia


歴史

  • 当初、Staphylococcus aureusなどの他の細菌と関連して感染創傷から分離された
  • その後、便・喀痰・尿・膣・咽頭などから分離され、常在菌と考えられていた
  • E vulnerisはマウスの病原性試験で軟部組織感染や致死を誘導できなかったため、臨床的意義が疑われていた
  • しかし、その後UTI、骨髄炎、CRBSI、創傷感染、髄膜炎、透析関連腹膜炎、CLLの菌血症で唯一の病原体となりえることが報告された


感染臓器

  • 歴史や名前の由来からもわかるように、人工物や異物に関連した感染が多い
    • CA-UTI
    • 腹膜カテーテル感染
    • 木製異物による創部感染
    • PICC関連血流感染など
  • 髄膜炎やエントリー不明の菌血症、リンパ節炎などの報告もある


感受性

  • かなり古い論文の引用ですが、感受性はE.coliと同じくなんでも行けそう

  • 稀にアンピシリンや第1・2世代セファロスポリン、クロラムフェニコール、テトラサイクリンの耐性が報告されている、とのこと


参考文献

  • BMJ Case Rep. 2022 Mar 2;15(3):e248736.
  • J Clin Microbiol. 2006;44(11):4283-4284.
  • New Microbes New Infect. 2016 Jul 9;13:83-6.
  • J Clin Microbiol. 1982 Jun;15(6):1133-40.
  • J Clin Microbiol. 1985;22:283–285.
  • Neurol India. 2005;53:122–123.
  • J Diarrh Dis Res. 1999;17:85–87.

2022年3月29日火曜日

Pantoea agglomerans菌血症

 血培2/2セットからPantoea agglomeransという耳慣れない菌の発育があり、フォーカスもよくわからなかったため基本的な情報を調べてみました。例によって、もともと自動分析装置では同定が難しかったが、質量分析で同定できるようになった菌、ということのようですね。


サマリー

  • 植物などの環境菌で、通性嫌気性グラム陰性桿菌
  • 感染臓器としては、汚染された点滴やカテーテルによる血流感染、創部から感染した膿瘍・骨関節感染が多い
  • ペニシリン、セファゾリンの感受性は5割程度、BLBLI、第三世代以降のセファロスポリン、カルバペネム、AG、ST、キノロンにはほぼ100%感性


Pantoea agglomerans, a Plant Pathogen Causing Human Disease
J Clin Microbiol. 2007 Jun; 45(6): 1989–1992.
Published online 2007 Apr 18. doi: 10.1128/JCM.00632-07
  • テキサス小児病院で、2000年1月から2006年12月に培養で記録されたすべてのP. agglomerans感染症をレビュー
  • 53の無菌部位、26の喀痰、3つの尿、3つの表面スワブ、および2つの中咽頭源からの88の患者培養で同定された
  • 無菌培養からP. agglomeransが検出された症例のエントリーはCRBSI 21例,膿瘍14例,関節または骨培養10例,UTI4例,非CV関連菌血症2例,腹膜炎1例,胸部外傷1例
  • 患者の43%(23/53)が菌血症を発症し,その91%が中心静脈ラインと関連していた
  • 膿瘍のドレナージ中にP. agglomeransが分離された小児は、すべて多菌性だった
  • 骨髄炎を発症した7例は,棒,植物のとげ,ガラスの破片による貫通外傷の4~6週間後に局所症状を呈した.
  • 無菌室から分離された53株はすべてアミカシン,ゲンタマイシン,メロペネム,STに感性で,広域セファロスポリンおよび合成ペニシリンには92.5%,広域セファロスポリンには62.3%,アンピシリンには47.2%が感性だった
  • P. agglomerans菌血症は一過性で治療中に再発することはなく,10〜14日間の無菌期間の抗生物質投与で治癒した


Bacteremia caused by Pantoea agglomerans at a medical center in Taiwan, 2000–2010
J Microbiol Immunol Infect. 2013 Jun;46(3):187-94.
doi: 10.1016/j.jmii.2012.05.005.
  • Pantoea agglomeransは、以前はErwinia herbicolaまたはEnterobacter agglomeransとして知られていた、植物によく付着する通性嫌気性グラム陰性桿菌
  • 台湾大学病院で過去10年間のP. agglomerans菌血症の患者を調査(N=18名)
  • 感染臓器は、一次性血流感染12例(66.6%)、腹腔内感染3例(16.7%),軟部組織感染2例(11.1%),肺炎1例(5.6%)
  • 10株(56%)アンピシリン感性,11株(61%)がセファゾリン(MIC ≦2 μg/ml)に感性,6株(33%)がホスホマイシン(MIC ≦64 μg/ml)に感性だった


おまけ

経験した症例は腎盂腎炎として治療されていたのですが、診察しに行くと術後間もない胃瘻の創部疼痛・排膿が続いていたエピソードがわかり、そこからのエントリーであろうと推定されました。いつもながら微生物の知識が診断を助けてくれることを再確認する事例でした。

2022年3月23日水曜日

ダウン症と関節症

RAの既往があるダウン症の方の不明熱について相談を受けました。コミュニケーションが全く取れない方でしたが、診察すると両肘、両手、両膝に関節炎があるようでした。頚椎のレントゲンを見るとADIは9mmとかなり拡大しています。

RAはほぼ治療されていないような方だったので、関節炎再燃とそれに伴う発熱なのかなと思って、ダウン症との関連を調べてみたところ、恥ずかしながらダウン関節症という概念があることを初めて知りました。

ためになった文献のうち数編をサマライズして共有します。


全体サマリー

  • ダウン症に伴う筋骨格合併症として、扁平足、炎症性関節炎、側弯症、股関節亜脱臼、頚椎不安定症などがある
  • 21番染色体にコードされるVI型コラーゲンの過剰により、靭帯弛緩、筋緊張低下、関節過可動が起きることによると考えられている
  • ダウン症に合併する関節炎は主に大関節に分布し、ANA陰性、RF陰性が特徴で、一部の症例は骨びらんも伴う


Musculoskeletal anomalies in children with Down syndrome: an observational study

Arch Dis Child. 2019 May; 104(5): 482–487.

  • デザイン:前向き観察研究
  • 対象:0~21歳のダウン症
  • 方法:筋骨格、関節の評価を行った

  • 扁平足(91%)、炎症性関節炎(7%)、側弯症(4.8%)、股関節脱臼・亜脱臼(1.5%)、頚椎不安定性(1%)、脊椎すべり症(0.5%)、C2脊椎欠損(0.3%)を認めた
  • 骨格筋を構成するVI型コラーゲンのα1鎖とα2鎖は、21番染色体にコードされており、ダウン症ではその量が多いために靭帯弛緩と筋緊張低下が起きると考えられている
  • これにより頚椎不安定性、股関節不安定性、側弯症、関節障害のリスク上昇につながると考えられる
  • 1984年、Yanceyら35名はJIAに類似した関節症を有するダウン症の7名を初めて報告し、「ダウン関節症」(A-DS)と分類した
  • A-DSの発症率はJIAの3倍で、手首や手の小関節に好発し、多関節型の病変が最も多く見られる
扁平足、ダウン症における踵骨の外転不能



「Prayer sign(祈りの印)」を示すA-DSの子供。炎症性関節炎に起因する手首の伸展制限、両側のMCP関節とDIP関節の腫脹が特徴的。


Craniovertebral junction abnormalities in Down syndrome.
Neurosurgery. 2010 Mar;66(3 Suppl):32-8.
  • 頚椎不安定症はDS患者の8~63%に、環軸椎不安定症はDS患者の10~30%に発生する
  • これらの症例の大部分は無症状で、有症状の疾患は1~2%と推定されています。


Arthropathy of Down's syndrome.
Arthritis Rheum. 1984 Aug;27(8):929-34.
  • ダウン症は様々な骨格異常や関節過可動性の発生率が高くなり、また多くの免疫学的異常を有し、自己免疫現象の発生率も高いことが知られている
  • 7名のDown症候群に伴う関節炎のケースシリーズ
  • 発症時4例に多関節炎,3例に小関節炎がみられた
  • 1人だけが重大な心疾患を有していた
  • 5名のHLAタイピングは特異的な相関を示さなかった
  • 平均経過観察期間は3年7カ月であった
  • 全例が非ステロイド性抗炎症薬に反応したが,臨床的寛解は1例のみだった
  • 2 例が死亡し、死因は1 例が頸椎不安定性,もう 1 例は心不全であった
  • ダウン症に伴う関節症はJIAの診断の追加的除外項目であるべきで、この関連をさらに調査することで、関節炎の発症における遺伝的要因と免疫学的要因の関係を明らかにする手がかりが得られると思われる。


Arthritis in Down's syndrome.
Ann Rheum Dis. 1988 Mar;47(3):254-5.
  • ダウン症の関節症の症例報告+ケースレビュー
  • ダウン症の関節炎は主に大関節に分布し、ANA陰性、RF陰性が特徴



2022年3月9日水曜日

Helicobacter fennelliae菌血症

血液内科の繰り返す蜂窩織炎で、Helicobacter fennelliaeが血培から生えたという事例がありました。

馴染みのない方のために、Helicobacter菌血症の重要な点を述べておくと、

  • 免疫抑制者(特に血液悪性腫瘍の化学療法後の方)の繰り返す蜂窩織炎が特徴
  • 血液培養陽性まで5~7日かかるため、疑った場合は延長培養する
  • 初期治療はセフトリアキソンかセフェピム、同定・感受性結果で狭域化する


Helicobacter fennelliaeは、Helicobacter cinaediと比較すると蜂窩織炎が少ないということみたいですが、そこまで気にするほどの差ではないのかなと思います。いずれのHelicobaterもマクロライド耐性、キノロン耐性が進んでいるところが注意点とみました。


マニアックでごく稀にしか役に立たない知識が多い気もしますが、3論文を紹介します。

まず静岡がんセンターからのまとまったレビュー論文。

Helicobacter fennelliae Bacteremia: Three Case Reports and Literature Review.

Medicine (Baltimore). 2016 May;95(18):e3556.

doi: 10.1097/MD.0000000000003556.


  • H. fennelliae菌血症の包括的な文献レビューにより、1993年から2014年に記録された24症例を発見した
  • 多くは、固形癌(4例)、血液悪性腫瘍(3例)、糖尿病(1例)、肝臓疾患(3例)、腎臓疾患(3例)、自己免疫疾患(3例)、臓器移植(1例)などの免疫抑制背景を持つ患者であった
  • 臨床症状は,腹痛,下痢,悪心,嘔吐などの消化器症状(7例),蜂巣炎(1例),発疹(1例),髄膜炎(1例),細菌性心膜炎(1例),発熱(10例)であった
  • 消化器症状が多かったが,H. fennelliae菌血症ではH. cinaedi菌血症ほど蜂巣炎は多くなかった


H cinaediと形態が類似しているH fennelliaeの診断には硝酸塩還元反応とアルカリホスファターゼ加水分解反応が有用



僕の経験した症例は蜂窩織炎だったので、Helicobacter cinaediの誤同定なのかなと一瞬思ったのですが、結論は違うようでした。というのも、Helicobacterの種はMALDIでは区別できないのだと(勝手に)思っていたのですが、できるということが書いてあった論文が以下です。


Rapid identification and subtyping of Helicobacter cinaedi strains by intact-cell mass spectrometry profiling with the use of matrix-assisted laser desorption ionization-time of flight mass spectrometry.

J Clin Microbiol. 2014 Jan;52(1):95-102.

doi: 10.1128/JCM.01798-13.


Helicobacter cinaediを含む12株すべてが他のHelicobacter属とは独立したクラスタを形成しており、MALDI-TOF MSによるICMSプロファイリングがH. cinaediの同定に適用できることが示された。



Helicobacter cinaedi and Helicobacter fennelliae transmission in a hospital from 2008 to 2012.

J Clin Microbiol. 2013 Jul;51(7):2439-42.

doi: 10.1128/JCM.01035-13.


市立札幌病院からの報告です。この論文の本質はHelicobacterの院内感染の可能性が示唆されている点なのですが、論文中のHelicobacter cinaediとHelicobacter fenneliae、それぞれのMICプロファイリングが役に立ちそうだったので紹介します。



いずれのHelicobaterもマクロライド耐性、キノロン耐性が進んでいることに注意が必要ですね。らせん菌の初期治療は、やはりセフトリアキソンかセフェピムです。ペニシリンはそれなりに感受性があることがで期待できるので、感受性判明後にアモキシシリンないしアンピシリンへ狭域化することを考えればよい、ということになります。



2022年3月3日木曜日

感染性心内膜炎の頭部感染性動脈瘤

Streptococcus oralisの感染性心内膜炎で、術前スクリーニングの頭部CTで軽度のくも膜下出血を指摘された症例がありました。
最初はたまたま見つかったものだと思っていたのですが、「感染性心内膜炎の頭部感染性動脈瘤」は意外とメジャーなもののようで、調べてみると知らないことが多く、非常に勉強になりました。

2つの論文を紹介します。先に重要な点をまとめると、以下です。
  • 自然弁の左側IEに発生する頻度の低い合併症
  • 頭部感染性動脈瘤は殆どが、中大脳動脈遠位分岐点に発生する
  • 低毒性病原体(緑色連鎖球菌)が原因になることが多い
  • 10㎜以下のものは抗菌薬治療のみで消失することが多い
  • 破裂の有無で予後が左右される


Medicine (Baltimore).2014 Jan; 93(1): 42-52.
Published online 2014 Jan 2.
doi: 10.1097/MD.0000000000000014

※SPMA:症候性末梢性感染性動脈瘤 Symptomatic peripheral mycotic aneurysms

デザイン

  • 後ろ向き観察研究
  • 1996年から2011年までに収集された922例の確定的IEエピソード中,18例(1.9%)がSPMAを有していた

方法

  • SPMAはすべて左心系IEで発症したため、SPMAを発症しなかった左心系IE719例とSPMAを発症した18例を比較

結果

  • SPMAを発症した患者では,静脈内薬物乱用,自然弁IE,頭蓋内出血,敗血症性塞栓,多重塞栓,IE診断の30日以上の遅延の頻度が高かった.
  • 原因微生物は,グラム陽性球菌(n=10),グラム陰性桿菌(n=2),グラム陽性桿菌(n=3),Bartonella henselae(n=1),Candida albicans(n=1),培養陰性(n=1)であった
  • IE診断の遅れの中央値は,高病原性微生物の場合15日(IQR 13~33日),低~中病原性微生物の場合45日(IQR 30~240日)であった
  • SPMAは頭蓋内が12例,頭蓋外が6例であった
  • 10例(頭蓋内8例,頭蓋外2例)では,SPMAがIEの初発症状であり,残りの症例は非経口的抗生物質治療中または終了後に症状が出現した
  • 抗菌薬単独治療7例(頭蓋内6例,頭蓋外1例)のうち,4例(頭蓋内3例,頭蓋外1例)が死亡した
  • 外科的切除7例(頭蓋内3例,頭蓋外4例),血管内修復4例(頭蓋内3例,頭蓋外1例)に施行し,全員生存した

議論

  • SPMAは左側IEにのみ発症し,特に自然弁に発症するまれな合併症であることが判明した
  • 頭蓋内出血,塞栓症,多発性塞栓症,IEの診断遅延はSPMAを発症した患者でより多くみられた
  • 微生物学的プロファイルは多様であったが,低毒性微生物が優勢であり,高毒性微生物によるものに比べてIE診断の遅れが大きかった
    • 補足:低毒性微生物に多いのは、診断が遅れやすく、菌血症の期間が長い影響ではないかと思われる)
  • SPMAはIEの初発症状であることが多かった
  • SPMAの最も一般的な部位は頭蓋内であった
  • 外科的治療と血管内治療は安全で効果的であった
  • 血管内治療は選択された症例では治療の第一選択となり得る
  • 抗生物質のみで治療した症例では,死亡率が高かった.




Lancet Infect Dis. 2006 Nov;6(11):742-8.
doi: 10.1016/S1473-3099(06)70631-4.

症例報告

  • 南米コロンビア出身の41歳男性
  • くも膜下出血で発症したStreptococcus mitisの感染性心内膜炎
  • 入院22日目に突然動脈瘤が再破裂し、脳死状態となった
  • 剖検では、右MCAに沿った複雑な動脈瘤が確認され、動脈瘤内の小血管が好中球により破壊されていることが判明した

レビューと考察

  • 感染性頭蓋内動脈瘤(IIA)は、依然としてほとんど左側細菌性心内膜炎に起因する。
  • IIAは髄膜炎、海綿状血栓静脈炎、脳外科手術後の感染症などの頭蓋内細菌感染から生じることはあまりない
  • IIAの頻度は低い(心内膜炎患者の2~4%)
  • IIAは臨床的に症状が現れないことがあり、抗菌薬治療で完全に消失する
  • 緑色連鎖球菌と黄色ブドウ球菌がIIAの57-91%を占めている
  • CNS、腸球菌、β溶連菌、HACEK、グラム陰性桿菌、真菌は頭蓋内動脈瘤の原因としてあまり報告されていない
  • 中枢神経系のIIAの部位は、中大脳動脈の遠位分岐点に著しく偏っている。血管造影で証明されたIIAのレビューでは、55/71 (77%) の動脈瘤が遠位中大脳動脈に発生していた

  • IIAの治療は指針となるRCTがないため、議論のあるテーマである。抗菌薬による保存療法のみ、あるいは抗菌薬と外科手術の併用療法について、成功と失敗、いずれの報告も豊富に存在する
  • 破裂のない患者の大半は脳外科手術を必要としない
  • いくつかのケースシリーズでは、直径10mmまでのIIAが薬物療法のみで消失したことが報告されているしたがって、未破裂動脈瘤には抗菌薬治療を行い、連続的に血管造影を行って改善または消失を確認する必要がある
  • 動脈瘤が非常に大きい場合、治癒しない場合、抗菌薬治療にもかかわらず拡大する場合は、手術または血管内治療が必要である
  • あるケースシリーズでは、未破裂動脈瘤の5例のうち、4例は抗菌薬で完全に消失し、1例はサイズが縮小したが最終的には外科的切除が必要であり、破裂した例はなかった。9人の破裂した動脈瘤のうち、抗菌薬で完全に治ったのは1人だけで、1人は手術前に死亡し、残りの7人は持続性動脈瘤のために外科的切除を必要とした。
  • 破裂した動脈瘤は予後が悪い。

2022年3月1日火曜日

リウマチ性疾患のCOVID-19マネージメント EULAR 2021 update

リウマチ性疾患のCOVID-19に対するEULAR推奨がUpdateされています。

概ね当たり前のことが記載されているので流し読み程度で良さそうですが、
  • COVID-19に罹患してもステロイド・免疫抑制剤は「原則」同量で維持
  • リツキシマブは次サイクルの延期を検討
の2点がポイントでしょうか。これも何となくみんなやっていることだと思うので、当然といえば当然かも知れません。


EULAR recommendations for the management and vaccination of people with rheumatic and musculoskeletal diseases in the context of SARS-CoV-2: the November 2021 update
Ann Rheum Dis. 2022 Feb 23
doi: 10.1136/annrheumdis-2021-222006.


包括的原則

  1. 一般にRMD患者でSARS-CoV-2感染リスクや予後が悪いということはない
  2. RMD患者のCOVID-19の診断と治療は、COVID-19の専門家に責任がある
  3. リウマチ専門医は免疫調節療法・免疫抑制療法の維持や中止の判断に関与すべきである
  4. リウマチ専門医は地元病院、地域、国のCOVID-19管理ガイドライン委員会に参加すべきである
  5. COVID-19の治療において、免疫調整剤、免疫抑制剤の適応外使用は控えるべきである

推奨事項

  1. ワクチン接種の前も後も、公衆衛生当局が規定するすべての感染予防・管理措置の遵守を強く勧めるべきである
  2. SARS-CoV-2ワクチン接種を受けるよう勧めるべきである。
  3. ワクチン接種者には治療変更せずに継続するよう助言すべきである。ワクチン未接種者には、特定の治療法が重症COVID-19のリスク上昇と関連していることを考慮し、治療を継続するよう助言する
  4. 長期的にステロイド治療を受けているRMD患者がCOVID-19の疑いまたは確定診断を受けた場合、ステロイド治療は継続する
  5. リツキシマブ治療を受けているRMD患者がSARS-CoV-2に感染した場合、次のサイクルのリツキシマブの延期を検討すべきである
  6. COVID-19の症状悪化では、COVID-19専門家の更なる医療助言を求めるべきである
  7. RMD患者のワクチン接種に関するEULAR勧告に従って、特に肺炎球菌とインフルエンザに重点を置いて、一般的なワクチン接種状況を更新するよう助言する
  8. 免疫調節療法や免疫抑制療法を行っていないRMD患者は、SARS-CoV-2ワクチンの接種を可能であれば治療開始前に行うべきである
  9. リツキシマブまたは他のB細胞枯渇療法を行っているRMD患者のSARS-CoV-2ワクチン接種は、免疫原性を最適化する方法でスケジュールする

配慮すべき点

  1. 特定の免疫抑制剤・免疫調節剤を使用している人は、COVID-19ワクチン接種に対して十分な防御反応を示さない可能性が懸念される。SARS-CoV-2ワクチンの3回目接種の効果の有無を特定するためのデータは現在得られていない。一部の当局は特定のグループに3回目接種を推奨しており、EULARもこのアプローチを支持する
  2. 重症COVID-19に対するワクチンによる防御は、時間経過で徐々に減少することが懸念される。一次接種から4~6か月後にどの程度の防御が期待できるかを知るための十分な時間が経過していない。一部の当局はブースター投与を推奨しており、EULARもこのアプローチを支持する